秋田市、返還金を見直す可能性も

 秋田市が長年、精神障害のある生活保護世帯に「障害者加算」を誤って支給し、約120人が過去の分の返還(返済)を市から求められている問題について、秋田市が返還を見直す可能性が出てきました。

 秋田市は9月13日、秋田市議会の一般質問で「返還金の再検討を含め、対応してまいります」と答弁しました。秋田市はこれまで「市のミスによって生じた過支給であっても、生活保護世帯から過去の分を返してもらわなければならない」という答弁を繰り返してきました。議会の場で「再検討」の可能性に触れたのは、初めてです。

これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めている。

救済で生じた新たな問題

 この問題が発覚した2023年10月以降、秋田市は約120人の当事者を救済するため、返還額をできるだけ控除する(減らす)作業を進めてきました。民間団体「秋田生活と健康を守る会」や市議会の追及を受けて、市は控除する物品の幅を拡大。その結果、一部の当事者は「返還金0円(返還無し)」となりましたが、一方で50万円もの返還額を突き付けられた当事者もおり、救済策にばらつきが生じています。

返還額0円(返還なし)となった当事者に、秋田市から届いた通知

 「こちらのミスであっても返してもらわなければならない」と言ってきた秋田市が、なぜ「再検討」する可能性が出てきたのか。背景にあるのが、秋田市と同じ問題が生じた千葉県印西市の事例です。

 秋田市と同じく、印西市も「行政のミスで生じた過支給であっても、返してもらわなければならない」という解釈で当事者に返還を求めてきました。しかし千葉県が今年1月、印西市のやり方を「違法または不当」であると判断。印西市の返還処分を取り消す決定を下しました。これを受けて印西市は返還を一部取り消すことになったのです。

千葉県の裁決文書(秋田生活と健康を守る会提供。赤線は筆者による)

「自立を阻害していないか」

 千葉県印西市の事例を挙げて一般質問をしたのは工藤新一議員です。工藤議員は「千葉県印西市において返還を一部認めない再決定をしたことについて、どのように受け止めているか。また、今回の返還金が自立を阻害しているかどうかの再検討は行わないのか」と質問しました。

 これに対し、秋田市福祉保健部長は「千葉県印西市が返還を一部取り消した事例の件については承知しておりますが、その取り扱いの妥当性について現在、国や県に確認しているところであり、その結果に基づき、返還金の再検討を含め対応してまいります」と答えました。 

 秋田市保護課は現在、印西市の事例の「妥当性」について国と秋田県に確認しているといい、その回答結果によって、返還金を再検討するかどうかを決めるとのことです。秋田市が返還金について再検討した場合、印西市と同じように「当事者に返還を求めない(大半を返還無しに)」という判断をする可能性もあります。保護課はその可能性について、慎重な言い回しですが「排除するわけではない」と述べました。

当事者に「資力がある」と言える?

 これまで秋田市が述べてきた「行政のミスで生じた過大支給であっても、返してもらわなければならない」という主張の根拠にあるのは生活保護法63条(費用返還義務)です。63条の条文はこちらです。

(費用返還義務)
第六十三条 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない

 工藤議員は一般質問のなかで「対象者には資力がある、と認定したのか」と問いました。

 これに対して秋田市福祉保健部長は「(生活保護法第63条は)本来受けるべきでなかった保護金品を得た場合の返還を規定したものです。今回のように、保護の実施機関の瑕疵によって支給された保護金品であっても、残額の有無にかかわわらず支給されたことにより資力を有することとなっている」と答弁しました。

 工藤議員は重ねて「受け取った時点で資力があると認定するというのは、ちょっと乱暴なのではないか」と再質問。秋田市福祉保健部長は「支給されたことによって資力を有することというふうになっております。しかしながら被保護世帯に全く落ち度がなく、実施機関の一方的な瑕疵が原因の場合、非保護世帯は正当な扶助費が支給されていると認識しておりますので、扶助費を全額消費したとしても、不自然ではない」とし、全額を返還させるのではなく、これまでのように控除を行って負担を軽減していくと答弁しました。

50万円の返還を求められて

 しかし、控除を受けたにもかかわらず、結果的に多額の返還金を示された当事者もいます。8月27日には、約50万円の返還を迫られた当事者世帯が秋田県に「市の返還決定を取り消してほしい」と審査請求を行いました。

 そもそも、このミスが生じたのは1995年。そしてミスが発覚したのは、28年後の2023年。この間、障害者加算を受け取ることでどうにか暮らしてきた当事者世帯にとって、ある日、突然言い渡された返還金は「身に覚えのない借金」「青天のへきれき」以外のなにものでもありません。

 返還金の再検討、そして印西市と同様な「返還無し」の決定を待ちたいと思います。

一般質問と答弁の詳しい内容

 9月議会本会議での工藤新一議員による一般質問と、秋田市の回答の詳細は以下の通りです。(一問一答形式に構成し直しています)

工藤議員 この件にいては、生活保護受給者および障害者福祉の現実を行政がどのように捉えているのかが問われているのだと思います。これまで、昨年度の11月議会では、「事務手続きの責任は市にある」と答弁しており、また今年度の6月議会では「自立更生に必要と認められたもの、食費、生活費についても個別事情を把握し、自立更生費用の認定を検討している」と答弁しています。

ミスの責任は市にあると言いつつ、責任がない受給者に生活保護法第63条の費用返還義務によって返還を求めています。しかしこの法律には「資力があるにもかかわらず保護を受けたときは」とあります。市は返還を求めている対象の障害者に、資力があると認定しているのでしょうか? 対象者の方たちは市を信頼し、適正に支給されているものと受け止めて保護を受けてきています。今回の返還要求はその信頼を著しく損なうものではないでしょうか?

市に責任があると答弁したという前提に立った時、その内容を具体的にどのように示すのかが問われています。もちろん、この制度の複雑さもあり、全国的に同様の事態が生じていることから、国の「地方分権改革に関する提案募集」で、県とともに秋田市は改善を求める意見を述べております。まだ国は制度の問題を受け止めておりませんが、全国市長会など自治体の代表者の団体が積極的な検討を求めるという動きにつながっていることは承知をしております。

この問題は単なる事務ミスにとどまらず、生活保護法、障害者福祉法をどのように受け止めるかも問われています。生活保護法の冒頭の目的にはこのように明記されています。〈憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活の困窮する全ての国民に対し、その困窮の程度に応じ必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする〉。憲法に規定される生存権が示されております。身体障害者福祉法でも、障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律と相まって、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するために、保護し、身体障害者の福祉の増進を図るとあります。精神障害者については後に身体障害者と同等に扱うことが決められています。

市は、ケースワーカーを通じて返還について説明し、可能な限り生活で必要とされたものを控除対象としてきた。その市の努力は認めつつも、しかし当事者によっては突然降りかかった返還を求める通知に驚き、将来に対する不安が解消されないままになっていることも確かなことです。その上に様々な障害を抱えて日々の生活をしていることから、不安は察してあまりあります。

質問❶ 本件は市に責任があると認めているが、それに対して具体的にどのような対応を行ったのか。

秋田市福祉保健部長の答弁 返還額の決定にあたっては各世帯における生活状況を丁寧に聞き、自立更生に資する費用を十分に調査した上で返還額から控除しております。また、返還方法については各世帯の生活に支障が出ないよう十分に配慮し、寄り添った対応をしております。

質問❷ 生活保護法第63条を返還の根拠としているが、この条文の条件となっている対象者には「資力がある」と認定したのか。

秋田市福祉保健部長の答弁 (生活保護法第63条は)本来受けるべきでなかった保護金品を得た場合の返還を規定したものであります。今回のように、保護の実施機関の瑕疵によって支給された保護金品であっても、残額の有無にかかわわらず、支給されたことにより資力を有することとなっているものであります。

質問❸ そもそも生活保護受給者の生活実情をどのように受け止めているのか。

秋田市福祉保健部長の答弁 生活保護制度は、日本国憲法第25条に規定する理念に基づき、生活保護法によって「最低限度の生活」を保障しているものであります。生活保護受給者は、個別の事情を抱えながら、支給される最低生活費の中で自立に向けて生活されているものと認識しております。引き続き、自立に向けた助言を行うなど、丁寧な対応に努めてまいります。

質問❹ ケースワーカーの説明を受けてもなお、不安を解消されない対象者に対して今後どのように対応するのか。

秋田市福祉保健部長の答弁 保護費返還等の不安がある対象者に対しましては、今後も丁寧な説明をしていくとともに、個別の事情に配慮しながら、引き続き寄り添った対応をすることで不安の解消に努めてまいります。

質問❺ 千葉県印西市はこの事案について「違法または不当なもの」として返還決定を取り消すという千葉県の裁定を受けて、6月に「自立を阻害する可能性について検討が不十分」として再検討し、返還金に対する再決定をいたしました。つまり印西市は再調査のうえ、返還を求めないことを決定しました。同じ制度の中で置かれた状況を受け止めたことは重要なことであります。そこで質問いたします。千葉県印西市において同様の返還を一部認めない再決定をしたことについて、どのように受け止めているのか。また、今回の返還金が自立を阻害しているかどうかの再検討は行わないのか。

秋田市福祉保健部長の答弁 千葉県印西市の件については承知しておりますが、その取り扱いの妥当性について現在、国や県に確認しているところであり、その結果に基づき、返還金の再検討を含め、対応してまいります。

工藤議員の再質問 (秋田市が)自立控除の範囲を非常に丁寧に見て、(控除の幅を)拡大してきていると私は認識しています。そういう方向でやってるんだろうと。ただ、返還理由の「資力がある」というのは、先ほどの部長の答弁だと「支給を受け取った段階で(資力が)生じている」というお話でしたけれども、千葉県印西市の事例から考えると、現状の生活保護世帯、障害者世帯のところから(返還分を)差し引くということは、生活保護法の基準からいっても(自立生活を)損なうのではないかと私は読み取っています。そういう観点でいうと、先ほどの「受け取った時点で資力があると認定する」というのは、ちょっと乱暴なのではないか。受給者の状況をきちんと把握しているのだろうか。認定は重要な問題なので基本的な考え方を再度、お伺いします。

秋田市福祉保健部長の答弁 資力につきましては、先ほど答弁した通り、いわゆる「支給された保護金品」であっても、その残高の有無にかかわらず「支給されたことによって資力を有すること」というふうになっております。しかしながら、先ほど申しました通り、被保護世帯に全く落ち度がなくて、実施機関の一方的な瑕疵が原因の場合、非保護世帯は正当な扶助費が支給されているというふうに認識しておりますので、扶助費を全額消費したとしても、不自然ではないというところもありますので、やむを得ないところもあります。ですので、このような場合に過支給額全体を返還対象とするというのは非常に、相当の負担を強いることになりますので、先ほど言いました通り、生活で使ったものを十分、自立更生として見て寄り添った形での対応をしているところになります。

【参考資料】
・千葉日報 2024年7月10日 生活保護費13人に返還求めず 印西市の過大支給問題、千葉県裁決受けhttps://www.chibanippo.co.jp/news/national/1247495

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