なぜ一人は救われ、もう一人は救われないのか。
生活保護の現場で、国の決めた「ルール」が矛盾を生んでいます。それは、精神障害への差別ともとれるようなルールです。
このルールに対して、生活保護の利用者だけでなく地方自治体からも「変えてほしい」という声が上がり続けています。しかし、国がルールを変える気配はありません。
生活保護を利用する人が分け隔てなく救われる仕組みに直してほしい。矛盾をなくしてほしい。
そのような思いでこの記事を書きました。
2024年1月下旬、私は秋田市在住のAさんに会いました。Aさんは精神障害者保健福祉手帳2級をもっており、生活保護を利用しています。
Aさんは昨年、秋田市で判明した生活保護の「障害者加算の過大支給」の該当者でした。それまで毎月受け取っていた約1万6000円の「障害者加算」が、本来は受け取ることができないものだと分かり、支給が停止されたのです。
これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の2級以上をもつ生活保護世帯に障害者加算を過大に支給していました。2023年5月に会計検査院の指摘ミスが発覚。市が2023年11月27日に発表した内容によると、ミスに該当する世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上ります。秋田市は過去5年分の過大支給を、当事者世帯に返すよう求めています。返還を求められる額は、最も多い世帯で約149万円。
突然止められた障害者加算
1万6000円という障害者加算の金額は、Aさんの1カ月の生活費(約8万8000円、家賃を除く)のおよそ2割にあたります。これが昨年11月、突然止められました。
「過大に支給していた」ということは、理解できました。しかし、それがどのようなミスだったのか、当事者のAさんも取材している私も、実はすっきりと理解してはいませんでした。
専門の秋田市福祉事務所でさえ28年ミスだと気づかないような仕組みの中で、今回のミスは起きています。そこで、秋田市のミスについてAさんとともに整理してみました。
「年金の通知を見せてほしい」
Aさんのもとにケースワーカーから電話があったのは、昨年10月のことです。「Aさんの年金の『不支給決定通知書』を見せてほしい」という内容でした。
「なぜ年金の通知が見たいのだろう?」
Aさんは少し疑問に思いながら、とりあえずその通知を持って市役所に行きました。
市役所を訪れたAさんは、担当のケースワーカーにこの通知を渡し、窓口で待っていました。しばらくするとケースワーカーがやって来て「障害者加算をAさんに支給していたのは、誤りでした」と告げました。誤りなので障害者加算を止める―つまり生活費を2割減らされるーという宣告でした。
宣告はそれにとどまりませんでした。「これまで受け取っていた障害者加算のうち、5年分をさかのぼって返してもらわなければならない」とも伝えられました。つまり、約1万6000円×12カ月×5年分(約96万円)を返済しなければならない、ということでした。
「頭が真っ白になりました」。障害者加算がなくなると言われて気が動転しているところに、返還(いわば借金返済)という追い打ちをかけられたのです。
精神障害手帳の軽視では?
この出来事は、Aさんからすると「年金の通知を見せたら、いきなり障害者加算を止められた」と思えるものでした。
実は精神障害の場合、年金の等級によって、障害者加算がもらえるかどうかが左右されます。たとえ精神障害者手帳の等級が1、2級であっても、年金の等級が1、2級以下だと、障害者加算をもらえないのです。Aさんの年金の等級も1、2級以下でした。秋田市はそれを確認し、Aさんへの支給が誤りだと判断したのです。
ちなみに身体障害の場合、手帳の等級が1〜3級であれば、障害者加算を受け取ることができます。身体障害は、年金か手帳かどちらかが1、2級であれば障害者加算がつくのです。しっかり救済されているイメージがあります。
それに比べて精神障害の方は「切り捨て」にされているような印象を受けます。
秋田市が28年続けてしまった「ミス」というのは、ここにあります。
国のルールでは、精神障害のある人に障害者加算をつける際にはまず「年金の等級」を確かめなければならないことになっていますが(Aさんの「年金の通知」を確認したように)、秋田市は「手帳の等級」だけを見て、当事者に障害者加算をつけていたのです。
諸悪の根源のような「課長通知」
秋田市がこのようなミスをしてしまったのは1995年に厚生省(当時)の課長が全国の自治体に出した「通知」(※1)を見落としていたためです。
この通知には「精神障害のある人に障害者加算をつける場合は、障害者手帳の等級よりも、年金の等級を優先する」といった内容が記されています。秋田市はこの通知を見落としており、手帳の等級だけで障害者加算を付けていました。
(※1)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta8465&dataType=1&pageNo=1
このことが2023年5月、会計検査院の指摘で分かり、秋田市ではAさんのように障害者加算を取り消され、なおかつ「返済」を求められる可能性のある人たちが120人にも上ったのです(2023年11月27日時点)。
年金をずっと納めてきたのに…
Aさんは仕事をしていたころから、ずっと年金保険料を支払ってきました。しかし障害者加算をもらうためにいざ障害年金を申請してみると、等級が「1、2級以下」と判定されてしまい、障害者加算はもらえない―という結果になってしまいました。
取材して頭が混乱していく
Aさんのケースを考えながら、私は内心、混乱していました。Aさんと会う前にお話を伺った、Bさんのケースを思い出していたからです。
Bさんは、Aさんと同じく精神障害者手帳2級をもっており、生活保護を利用しています。
Bさんは生まれつき体が弱く、精神的な障害もあって長く仕事を続けることができませんでした。過去に年金保険料を納められない時期や、体調が悪くて保険料免除の申請ができない時期もあったため、年金を受ける条件(納付要件)に当てはまらず、年金事務所に障害年金を申請すること自体できませんでした。つまり、Aさんのように年金の等級を判定される手前で、門前払いをされたのです。
しかしBさんは、Aさんと違って障害者加算を受け取ることができます。1995年の厚生省課長通知では「年金を受けるための条件(納付要件)を満たしていない場合は、手帳だけで障害者加算をつける」というルールが記されており、Bさんはこれに当てはまっているからです。
AさんとBさんの違いが、分かるでしょうか。
【Aさん】精神障害者手帳2級 障害者加算をもらえない(理由=年金保険料を納付していたが、障害年金の等級が低く、年金を受給できないから)
【Bさん】精神障害者手帳2級 障害者加算をもらえる(理由=年金保険料を納付していない時期があり、年金を受給できないから)
AさんもBさんも困難な状況にあります。
2人とも手帳は2級です。
2人とも障害年金をもらえません。
なのになぜ、2人は同じように救済されないのでしょうか。
Aさんのほうは、言ってみれば年金を滞りなく支払ってきたために、障害者加算を受け取ることができないという状況です。
この矛盾を生んでいるのは、国のルール(1995年厚生省課長通知)です。
「手帳の等級よりも、年金の等級を優先する」
「年金を申請できない人は、手帳の等級だけで障害者加算をつける」
このルールが問題の発生源。精神障害者手帳の存在意義を軽んじることにもつながっています。
障害者手帳は何のためにあるのか
「障害者手帳って何のためにあるんでしょう」。AさんもBさんも、そう言いました。
身体障害の場合は「手帳」と「年金」の等級のうち、高い方の等級で加算が付きます。つまり手帳の級が1、2級であれば、障害者加算がつきます。
しかし精神障害は違います。障害者加算がつくかどうかは年金の等級に左右されます。手帳の等級が1、2級であっても、当事者の救いにならないのです。
国のルール(1995年厚生省課長通知)が生んでいる矛盾について、実は秋田県もここ数年、繰り返し国に改善の要望を出しています。昨年、秋田生活と健康を守る会が秋田県に情報公開請求をして入手した資料(保護の実施要領・医療扶助運営要領・介護扶助運営要領の改正に係る意見)によると、秋田県は国に対して次のように意見しています。
〈障害者加算の適用について、障害年金の納付要件を満たしている者と満たしていない者との間で不公平が生じているため、取扱いを見直ししていただきたい〉
まさにAさんとBさんの間に生じている差のことです。
意見はこう続きます。
〈実態として、手帳1級または2級を所持している者で、障害年金は病状的(病名的)に該当にならない方は多数いる(例えばアルコール依存症など)ため、障害年金の納付要件を満たしているか否かで障害者加算の認定に不公平が発生しており、年金を納付してきた人ほど不利益をこうむる状況となっている(中略)。取扱いの見直しを求めるものである〉
さらに秋田県は〈身体障害者については、身体障害者手帳と障害年金の高い方の等級で加算を認定できることになっており、精神障害者と取扱いが異なっている〉という差についても、国に取り扱いの見直しを求めています。
これが、福祉の現場の感覚なのではないでしょうか。
全国公的扶助研究会会長で花園大学社会福祉学部教授(公的扶助論)の吉永純(あつし)さんは「身体障害の手帳の方が重く、精神障害の手帳は軽く扱われているということに他ならない。『手帳間の差別』としか言いようがありません。年金資格の有無にかかわらず、手帳だけで障害者加算が判定されるのが本来の在り方」と語ります。
多発している障害者加算のミス
なぜ精神障害は、手帳の等級だけで障害者加算をつけてはいけないのでしょう。国ルール(1995年厚生省課長通知)そのものを変えることはできないのでしょうか。つまり、秋田市が28年誤ってきた「手帳の等級だけを見て障害者加算をつける」という方法が、ミスではなく正しい方法となるように、国のルールのほうを変えたらいいのでは。
ちなみに障害者加算のミスを会計検査院から指摘されている自治体は、秋田市だけではありません。
会計検査院「令和4年度決算検査報告」によると42自治体にも上ります(「障害者加算の認定を誤っていたもの」15件、「年金受給権の調査が 十分でなかったもの」27件)。令和4年度だけでなく、毎年度のように発覚しています。(※2)
そして、ミス発覚によって生じる「過去に受け取った障害者加算の返済」が、困難を抱える当事者に降りかかる事態が各地で起きています。東北では岩手県の盛岡市、花巻市(※3)などです。
国のルール(1995年厚生省課長通知)が現場のミスを招き、結果的に当事者を追い込んでいる。そう思えてなりません。当事者がどちらも救われるように、支給ミスで追い込まれる人が出ないように、国のルールの見直しを求めます。
〈参考資料〉
※1)精神障害者保健福祉手帳による障害者加算の障害の程度の判定について
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta8465&dataType=1&pageNo=1
※2)会計検査院「令和4年度決算検査報告」第3章第1節 省庁別の検査結果 厚生労働省(17)生活扶助費等負担金等が過大に交付されていたもの(196—199P)https://www.jbaudit.go.jp/report/new/all/pdf/fy04_04_06_27.pdf
※3)花巻市ホームページより。https://www.city.hanamaki.iwate.jp/kenko_iryo_fukushi/seikatsushien/1019869/1020237.html