「自分の体は自分のもの」 違憲判断、秋田県内の当事者の思いは

 また一つ、司法による歴史的な判断が出された。最高裁判所大法廷は10月25日、戸籍の性別の変更を望むトランスジェンダーに対して生殖能力をなくす手術を課す性同一性障害特例法(特例法)の規定について、違憲との判断を示した。特例法の施行から19年。トランスジェンダーへの誹謗中傷が深刻化する中、立法府が長く放置してきた人権侵害に司法が光を当てた。秋田県内の当事者たちに、思いを聞いた。

「過酷な二者択一を迫ってきた」

 特例法は、性別変更を望む人に対して次の5つの要件を課してきた。 

・18歳以上であること
・婚姻していないこと
・未成年の子がいないこと
・生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(不妊化要件。精巣・卵巣の切除などによって生殖能力をなくすよう求めるもの)
・変更を望む性別の性器に似た外観を備えていること(外観要件。トランスジェンダー女性に陰茎の切除を求めるもの)
 
 申立人は手術なしで戸籍の性別を女性に変更することを望み、手術を課す「不妊化要件」「外観要件」が憲法違反であると主張していた。

 このうち違憲となったのは「不妊化要件」の規定だ。

 大法廷はこの要件について「手術を甘受するか」もしくは「性別変更を断念するか」という「過酷な二者択一を迫るもの」と断じた上で、憲法13条に違反し無効であると結論づけた。15人の裁判官全員一致による違憲判断だった。

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最高裁は不妊化要件について「手術を甘受するか」または「性別変更を断念するか」という「過酷な二者択一を迫るもの」と断じ、違憲と判断した

 ただ、もう一つの「外観要件」について、最高裁は高裁で審理を尽くす必要があるとして違憲判断を避けた。これにより、申立人のトランスジェンダー女性の性別変更は、ただちには認められなかった。


「手術要件のない社会こそ善い社会」

 だが3人の裁判官が「外観要件についても違憲判断をすべき」と反対意見を述べた。
 宇賀克也裁判官は、外観要件も不妊化要件と同じように「過酷な二者択一を迫るもの」に変わりはないと述べた。
 三浦守裁判官と草野耕一裁判官は、当事者を苦しめてきた「ヘイト言説」に踏み込んだ。三浦氏は「外観要件がなくなれば男性の外性器を備えた人が『心の性別は女性である』と主張して女性用の公衆浴場やトイレ、更衣室に入ってくる」などといった言説について、外観要件による制約を必要とする合理的な理由や関連性はない、と明言した。「風呂、トイレ、更衣室」を巡る指摘は外観要件と関係がないので「切り離して考えよ」ということだ。

 草野氏は、国家が個人に手術を求める外観要件のない社会を「いささか喧(かまびす)しい社会」と表現しつつ、外観要件のない社会こそが「憲法が体現する諸理念に照らしてより善い社会である」と結論づけた。

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「5号要件(外観要件)がない社会」はいささか喧しい。けれど外観要件を残した社会よりも、より善い社会だと述べた草野裁判官の反対意見


「非婚要件」が壁になる

 「違憲はうれしいニュースでした」。秋田県に住むトランスジェンダー女性のふたばさんは語る。「私自身は、男性としての生殖機能は排除したいです。でも健康上の理由、経済的な理由、家族との関係、心情的なもの、いろんな理由で、それができない人もいる」
 
 ふたばさんは、女性として生きるための手続きや治療を一つ一つ積み重ねてきた。今年7月には家庭裁判所に戸籍の名前の変更を申し立て、9月に改名が実現。女性ホルモン補充療法も受け始めた。「戸籍の性別も変更したい」と願っている。だが、不妊化要件と外観要件が撤廃されたとしても、現状の特例法では変更が叶わない。「婚姻をしていないこと」という非婚要件があるためだ。
 
 非婚要件は、結婚後の性別変更によって同性婚の状態となることを避けるために設けられた。日本が同性婚を認めていないために生じているハードルだ。「非婚要件がなければ、戸籍の性別を変更したいです。生活のあらゆる面で私を男に結びつけるものを、排除したい」 


人権侵害だということに目を向けて
 
 気がかりなのは、トランスジェンダーをめぐるデマや誹謗中傷がさらに増していくことだ。「反トランスを標榜する人々は『手術要件を見直すなんてもってのほか』『特例法は断固保持すべき』『いや特例法の存在自体が間違い、性別は変更できない』などさまざまな反対意見を述べます。でも一番の論点は、自分の体は自分のものだということです」
 
  特例法が施行された2004年以降、国際社会では手術要件の撤廃が進んできた。世界保健機関(WHO)は2014年、共同声明「強制不妊手術の撤廃」の中で、不妊手術を性別変更の要件とすることを批判。国連人権高等弁務官も2015年、関係国に「不妊、強制治療及び離婚といった侵害となる前提条件は除去して、望む性別を反映した法的同一性証明書を要求に応じて発行する」ことを求めた。
 
 「諸外国やWHOが、なぜ特例法の見直しを迫っているのか、日本のメディアではあまり取り上げられていないように感じます。戸籍変更の条件として、国が個人に手術を強要するのは基本的人権の侵害で、撤廃されるべき要件なんだという説明がもっと広く大きくなされてほしい」 

  手術要件の緩和と同時並行で、ホルモン補充療法を保険適用にするなどの対応も進めてほしい、とふたばさんは語る。「今回の違憲判断で、日常的に社会で望む性として扱われるには、実生活の経験の積み重ねとホルモン補充療法が大事だと思いました。個人差はありますが、望む性として他人に認識されやすくなるからです。手術要件の緩和と同時に保険適用で治療にアクセスしやすくすることで、トランスジェンダーの人権回復ははかどると思います」 

地方ならではの生きづらさ

 
 「日本がやっと動いたというのが率直な感想でした」。秋田県在住のトランスジェンダー女性、マロンさんは語る。「SNSで誹謗中傷があるなかで、それを覆す司法の判断は力強いものだなあと。流されないことの大切さが改めて身にしみました」
 
 地方で暮らすトランス女性として、ずっと生きづらさを感じてきた。
かつて東北にはジェンダークリニックがなかったため、治療を受けやすいよう上京。2019年、23歳の時に国外で性別適合手術を受けた。都会に出たのは治療のためだけではない。「地方にありがちな、あからさまな視線や、嫌がらせ、うわさ話から逃れるための上京でもありました」
 
 できるだけ早く、性別適合手術を受けたいという気持ちがあった。「オペを望んだといえば望んだかもしれません。でも、戸籍の性を変えるために300万円以上の費用をかけてジェンダークリニックを受診し、保険適用外の手術や治療を受けなければならなかったことは、とても理不尽だとも感じてきました」

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秋田県秋田市で10月に開かれた「トランスジェンダーと話してみませんか?」という集い。当事者の日常の中で起きている人権侵害、困難、苦しさはまだまだ知られていない


  手術を受けているか否かによって、当事者の間でも分断が起きている。手術を受けた人が、受けていない人に強いるような場面もある。「自分はちゃんと手術しているのにという、行き過ぎた『正義感』から攻撃しているのかもしれません。ただ、そういう思いが心の中にあったとしても、誰かをジャッジしたり、従わせたりする権利はないです。個人の自由の問題であり、そして手術できないさまざまな理由があると思うから」 

バックラッシュを恐れる


 違憲判断の直後、SNSでは「性器の外見」といったワードがトレンドに上がった。
 投稿の中には「男性器を持ったまま女風呂に入れるようになる」といったデマや、トランスジェンダーへの誹謗中傷が混じっていた。翌26日付の地方紙記事(通信社配信)には、自民党保守系議員の「(違憲判断は)あり得ない。男性の体のまま女風呂へ入浴するのを認めるというのか」という事実誤認に基づくコメントが、誤りだという注釈もないまま、掲載されていた。
 
 秋田県を拠点にLGBTQ+を支援する活動を続けている「性と人権ネットワークESTO」代表の真木柾鷹さんは「トランス女性に外性器があることと、性犯罪を結びつける発言が報道されているため、誹謗中傷を悪化させる不安を感じている」と語る。
 
 違憲判断の翌日、真木さんは自身のフェイスブックにこう投稿した。
 
〈「男なのか女なのか」と性別を詮索されず、どちらの性別を選択しても、教育が保障された学生生活、就職差別を受けずに働けて税金を払う余裕のある生活を送れることなど、生きづらさを減らしていく施策を真剣に考える人達の声で、トランスジェンダーも基本的人権が保障されていると実感できる日はいつ訪れるだろうか〉(抜粋)
 
 当事者の一つ一つの声が歴史的な判断に結び付いた。だが真木さんは、楽観はしていない 。「『安全とは?』という問いへの自分なりの答えは『自分の権利が守られていると感じられること』。性別の自己選択と自己決定が、安全のうちに保障されることを願っています」

〈参考資料〉
最高裁判所ホームページ「最高裁判例集」     https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92527

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