秋田県秋田市の穂積志市長は、どのような説明をするのか。市議会初日の28日、本会議中継にじっと耳を傾けた。だが、一切言及はなかった。
秋田市が28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)をもつ生活保護世帯に「障害者加算」を過支給し一部に返還を伝えていた問題についてだ。市長が10月3日に報道機関に配布した「当該世帯に寄り添った対応をしていく」というコメントは、いったい何だったのだろう。
【これまでの経緯】秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の2級以上をもつ世帯に障害者加算を過大に支給していた。5月に会計検査院の指摘で発覚した。市が11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。返還対象額は、最も多い世帯で約149万円。
市議会が始まる前日の27日、秋田市は、返還を求めないよう要請していた民間団体「秋田生活と健康を守る会」(後藤和夫会長)に対して「返還を求めていく」と文書で回答した。
同じ27日、秋田市政記者クラブに「生活保護費における障害者加算の一部認定誤りについて」と題する投げ込み(情報提供)をした。https://www.city.akita.lg.jp/shisei/koho/1005318/1040366.html
これまでに判明した過支給の世帯数や総額、市が返還を求める方針であることなどが発表されたとみられる。市の発表内容は、新聞やテレビでそのまま報じられた。
公表せず、水面下で支給額を削減
秋田市が会計検査院から支給ミスの指摘を受けたのは5月。
それが報道で明るみになり、市議会議員に報告があったのは10月。
この間の約5カ月、秋田市はミスがあったという情報を公開せず、水面下で当該世帯の加算額を削り「過支給分は返還してもらうことになります」と一部の当事者に伝えていた。
このような事実が明らかになったのは、当該世帯が声を上げたからだ。
私に情報を寄せた当事者の一人は、生活保護に対していわれのないバッシングをする人がいることを十分に分かっていた。「叩かれるかもしれない」という不安を抱きながら勇気を振り絞って声を上げた。「保護費が大幅に減らされ、生活できなくなる」という当事者の声がなければ、秋田市の自発的な公表は一層遅れていた可能性がある。
「もう切り詰めるところがない」
明日から議会が始まる、というあわただしいタイミングで、秋田市が記者クラブに「調査結果と返還の方針」を発表したのはなぜだろう。市民団体への回答が、同じ日だったのはなぜだろう。
秋田市が記者発表した「返還の方針」などの内容を、当事者である当該世帯は知らされていない。保護費を2割カットされ、約100万円の返還金を示されていたある世帯は「返還についてはまだ検討中です」と市側に伝えられ、市が返還方針を見直しているのかもしれない、と一縷の望みを抱いた。だが27日の報道で、市の「返還方針」が固まったことを知った。
別の当事者の女性も、27日夜のテレビニュースで初めて市の方針を知った。精神障害者手帳2級の認定を受けており、障害者加算を上乗せした約8万円で生活してきた。しかし障害者加算が「支給ミスだった」と市に告げられ、11月から加算分(月額約1万6000円)を削られた。「食事の分を買うだけで、精いっぱいで、もう切り詰めるところがない」。これまでの支給額でも苦しかった生活が、さらに苦しくなった。そして、返還が待っている。
専門家「返還は道理がまったくない」
秋田市の対応に、民間団体や専門家は不信感を募らせている。
「秋田生活と健康を守る会」の後藤和夫会長は「誤って支給された方々には何の責任もなく、最低生活費を割ってまで返還を求めるべきではないとこれまで訴えてきた。弁護士団体も、返還を求めなかった自治体の例や判例を交えて、説得力のある訴えを秋田市側にしてきた。それがなぜ、返還を求めるという回答になるのか」。
全国公的扶助研究会会長で花園大学社会福祉学部教授(公的扶助論)の吉永純さんは「保護利用者はまじめに収入を申告して義務を果たしており、支給されている保護費が正当な保護費と信頼して生活を組み立ててきている。今回の過支給は100%市のミスである。にもかかわらずわずかな最低生活費からの返還を求めるというのは、市のミスを棚に上げて保護利用者の最低生活を犠牲にして穴埋めするようなものであり、利用者の最低限度の生活を保障する義務がある市のやることではない。道理がまったくない」とコメントを寄せた。
また弁護士の団体である自由法曹団秋田県支部の虻川高範支部長は「過誤支給について、いつから、どのような経緯で誤っていたのかの解明、調査、説明が全くない。これでは市当局の責任を隠蔽しているのではないか、との疑念が消せない。過誤支給分の返還を当然に行う方針を示しているが、返還を求められる当事者は何ら落ち度がないのに、最低限度の生活保護費から返還を求められることになる。そのような状態を強いることを、過誤の責任を負っている市が、何ら責任のない当事者に求めることになる、という重大な事態であることの認識が欠如している」と指摘している。