「こんなことは不毛だ」――秋田市のある医師の声 

 月8万円ほどの生活費が突然、2割も減らされる。そこへ追い打ちをかけるように、多額の「借金」を突き付けられる――。秋田市で起きた生活保護費の「障害者加算」(障害があることで生じる生活の困難を補うために支給されるお金。額は月に約1万6000円〜2万4000円)の返還問題は、一言でいえばそのような出来事でした。それは、精神障害のある生活保護世帯にどのような影響を及ぼしたのか。当事者を診察している秋田市の精神科医に話を聞きました。

「どうやって食べていけばいいのか」

――最初にこの問題を知ったきっかけは何でしたか?

医師 患者さんからのご相談です。患者さんからこの話を聞いて「え、それ何?」となったのが最初だったと記憶しています。秋田市からは特に(情報提供は)ありませんでした。

――当事者から、今回の問題で困っているという相談はありましたか

医師 複数の当事者のかたを診察していますが、基本的には皆さん「こんなことがあってびっくりした」と話していました。今回の問題は要するに「秋田市が払い過ぎていたから、返してくれ」という話を突然、市からされたわけですが、患者さんにしてみたら「どうしたらいいのか」という戸惑いですよね、一番は。

不安症状が強くなった当事者も

――今回の問題は、当事者の病状に影響していると感じますか。

医師 やはり動揺が大きい患者さんもいらっしゃいます。「生活をどうしよう」という戸惑いから不安が強くなった方もいます。その後の生活状況までは正直、把握していないのですが、とにかくこういう(物価高の)時期も時期ですから「どうやって食べていけばいいのか」という反応が多かったです。淡々と受け止めるかたも中にはおられますが、一時的に不安が強くなった方もいます。入院まではいきませんが、何回か外来で来ていただいているうちに少しずつ、平静を取り戻していった感じだったのではないでしょうか。

――今回の件について、医師としてどのようなところに問題を感じられましたか?

医師 余力のある方はいいですけれど、基本的に生活保護を利用しておられる方で「多めにもらっていてよかった」という状況の人は、いないわけです。生活費として使ってきたものを、これからどうやって返せばいいのか。秋田市では返し方などを検討していただいているようですけれど、それにしても、実質的には(障害者加算の)支給が減るという形になっている。どうするのよ?と思います。

秋田市から当事者に対する最初の伝え方も、まずかったと思います。市が国から誤りを指摘されてこういう処置を取らざるを得なくなったと聞いていますが、最初から患者さんにきちんと説明していただければよかった。突然「返してもらわなきゃいけない」という伝え方をしたから不安を強めてしまった。そこが問題の1点目です。

当事者の「状態」を軽んじる仕組み

医師 もう1点は、制度的な問題です。そもそも、何でこういう問題が起きるのか、ということです。精神障害のある人が障害者加算を受ける際に「障害者手帳の等級」ではなく「障害年金の等級」が決め手になる、そこに大きな問題があると思っています。

障害者手帳の診断書と、障害年金の診断書は、書くこと自体はそんなに大きく違わないんですけれど、実際上の等級判定には、かなりの差があるということが現実としてあります。そもそも、等級判定をしている組織が全く別です。

――障害者手帳の等級は都道府県、障害年金の等級は日本年金機構です。確かに別の組織が等級を決めています。

医師 さらに障害年金の等級判定は、非常に「診断名」の影響を受けやすいのです。そこが障害者手帳の等級判定との違いです。障害者手帳の等級に関しては、しばらく前から「診断名」よりも「本人の状態」を重視しながら判断していこうとなっているので、ある意味、診断名が何であったとしても、機能障害や生活障害が重い方に関しては等級を認める方向でやっています。

ですが、年金は違います。障害者手帳であれば「2級」該当になるのに、障害年金の等級は「2級」と認められないケースが多くあります。

精神障害用の年金の診断書

手帳で加算できたほうが、本当はいい

――障害者手帳の方が、当事者の状態や実態を反映している、ということでしょうか。手帳は2年に1回の更新があって、その時に主治医の診断書が必要なので、病状の変化も手帳にはきちんと反映されますよね。

医師 そうです、そう思います。

――精神障害について「障害者手帳の等級だけで障害者加算を認定できる制度にしてほしい」という要望が、自治体から国に対して出されています。医師の立場からはどう思われますか。

医師 そうなってくれれば(精神障害も手帳の等級で加算がつくようになれば)よりよいと思います。

「地方分権改革に関する提案募集」に秋田県と県内11市町などが寄せた要望(赤線は筆者による)

「障害者手帳の軽視」を感じる

――精神障害の場合、障害者手帳の等級ではなく年金の等級が「優先」になるため、障害者加算を受け取りにくい仕組みになっているのではないかと感じます。

医師 障害年金の等級は基準が厳しいということは言えると思います。障害者手帳は「2級」を持っているので、年金も2級になるかと思って申請してみたら「認められませんでした」「3級でした」(※障害者加算の対象外)となって、障害者加算が外されてしまうわけです。

――障害者手帳の診断書と年金の診断書は、そんなに内容が異なるんでしょうか?

医師 厳密にいえば異なる部分もあります。でも一見して、そんなに違いはありません。

――なぜこんなに、手帳の等級と年金の等級の間にずれがあるんでしょう?

医師 やはりお金が絡んでいるから(年金の判定は)厳しいのだとは思います。それから精神障害はやはり変動する部分がありますので、そこのところは身体障害や知的障害の方に比べると、判断する方としても難しいところではあるのだと思います。

診断名で排除される年金の仕組み

――生活保護制度は、なぜ困窮しているのかという「原因や理由」を問わず、無差別平等に救済する制度であると聞きました。そう考えると、患者さんの「状態」よりも「診断名」を優先するケースがある年金の審査の在り方は、生活保護の原則に合わないと感じます。

医師 実は、かつての神経症とか「神経症圏」の診断を受けた方というのは原則として年金の対象になりません

日本年金機構「国民年金・厚生年金保険 障害認定基準」より(赤線は筆者による)

神経症の中では、例えばパニック障害などでも非常に症状の重い方がいらっしゃいます。それから強迫性障害の場合、重い方は日常生活の支障が大きく、症状を良くすることがなかなか難しい方もいらっしゃいます。主治医として「この生活支障は大きい」と感じます。重い摂食障害の方もそうです。しかし神経症は、なかなか年金が認められません。

――年金が認められないということは「障害者加算」も受け取れないということになります。なぜ神経症の人を排除するような仕組みなんでしょうか。

医師 「神経症」は基本的には治癒するものであるという考え方に基づいていて、審査が厳しいのかもしれません。昔の「精神病」という考え方に、制度が引きずられているのだろうと思っています。

複雑な加算のやり方は「不毛」

――障害者加算の認定が手帳だけではできず、「年金」が絡むことについて、改めて医師の立場から感じるところはありますか?

医師 こちらからすると非常に不毛なことをやっていると感じます。精神障害者手帳が2級になったら一度は障害者加算がつきますが、年金を申請して年金が却下されたら障害者加算も外されて、また障害者手帳の更新がきたら年金を申請して――というフローチャートの通りにやるんですけれど、年金の診断書を書くことだってエネルギーが要ります。これを延々と繰り返すみたいなことになっている。

――だから自治体のミスも多発しているのではと思います。

医師 結局、制度のひずみがミスになって出てきているのだと思います。

これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めている。

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