「優生思想につながる」 プレコン問題 秋田県議会で質疑

 国や自治体による「官製」のプレコンセプションケア(受胎前ケア=女性やカップルに、将来の妊娠のための健康教育を促す取り組み)の一環として、秋田県が高校生に配布した冊子について3月4日、秋田県議会で質疑が行われました。

秋田県が公費で全県の高校2年生に配ったプレコンセプションケア(女性やカップルに将来の妊娠のための健康教育を促す取り組み)の冊子「将来、ママにパパになりたいあなたへ~妊娠・出産のリミット」

 この問題について生活ニュースコモンズが発信した記事には、多くの反響が寄せられました。批判の矛先は「熟女キラー」といった冊子の表現に集中。これを「炎上」として報じるメディアもありました。

 ただ、「表現がまずくて炎上した」というだけでは、日本の官製プレコンセプションケアがはらむ問題点がぼやけてしまうと感じます。

 取材を通して見えてきた日本のプレコンセプションケアの問題点は①女性を「母体」とみなしており、妊娠・出産に誘導的であり、権利(自己決定)の視点が欠けている②「健やか、健全であること」に価値を置き、そうではないものをリスクとして排除する考え方が垣間見える③これらの施策を国や自治体など公的機関が担っている――などです。

 3月4日の秋田県議会(予算特別委員会総括審査)では、県議の櫻田憂子さんが秋田県側にプレコンセプションケアについての考えを問いました。以下、質疑(一部修正)を紹介します。

「将来、妊娠や出産を希望した場合に備えた啓発」

櫻田議員 今回、秋田県こども計画案に示されていましたプレコンセプションケアと性教育について質問させていただきます。秋田県がプレコンセプションケアの一環として、高校生に配布した「将来ママにパパになりたいあなたへ」という冊子についてお聞きします。2月14日付の河北新報オンラインによれば、この冊子の内容がネット上で物議を醸したことに対して県は「配慮に欠けていた」と釈明したとありますが、配布の経過と対応についてご説明をお願いします。

プレコンセプションケアの推進は「秋田県こども計画案」にも明記されています(赤線は筆者による)

高橋一也健康福祉部長 今回の冊子につきましては、不妊治療等をされている方々から、卵子は増えるものではないということなど治療開始後に初めて知る情報が多く、若い時から正しく知っておきたいといった意見が寄せられたほか、医療関係者からの意見もありまして、将来妊娠や出産を希望した場合に備え、正しい知識を身に着けることができるよう啓発したものであります。10代のうちから月経などに関する悩みを抱えている可能性もあるということ等から、対象として高校生を選んだということでありますし、また婚姻を前提としたカップルということで、市町村へも配布させていただいたところでございます。

「冊子そのものに間違った情報はない」

櫻田議員 「配慮に欠けていた」という点は、どこについてでしょうか。

健康福祉部長 受け止め方はさまざまあるかと思いますけれども、例えば今回の冊子の中で高齢出産の危険性に関する情報のページで「遅くとも初産を35歳までに」という表現がございましたが、多様なライフデザインですとか価値観がある中で、科学的事実としては35歳という年齢はあるわけですけれども、それに加えて、その年齢までに出産を誘導するような印象を持たれてしまいかねない、といった表現があった部分等が、配慮が足りなかった部分と考えております。

櫻田議員 私の中では、例えば(パンフレットにある)「脱草食化」ですとか、ここらへんについてもかなり不適切ではないかと思いますけれども、見解はいかがでしょうか。

健康福祉部長 高校生を対象とした冊子という点でいろいろなご意見があるかと思いますが、妊孕性の確保という部分の情報として載っていたと認識しております。

櫻田議員 この冊子は(今は)配布していないということでよろしいですか。

健康福祉部長 はい。最終的に配布しましたのが令和5年度ですので、それ以降は配布してございません。

櫻田議員 自治体の方にも配布してあるというふうに伺っていて、まだ自治体の方に残っているような状況を聞いているんですけれども、確認はされていますか。

健康福祉部長 市町村に配布した冊子については、市町村のその年のおおよその婚姻数をめどに配布してございますので、令和5年度に配布した分についてはおおよそは既に配布済みというふうに考えております。

櫻田議員 まだ残っているというお話がありましたが、その回収とか、配布しないようにという要請はしないのでしょうか。

健康福祉部長 冊子そのものに間違った情報が載っているというものではございませんし、既に残数はほぼないというふうに考えておりますので、あらためて市町村に在庫の確認ですとか、あるいは配布しないような指示は考えておりません。

櫻田議員 (間違った情報かどうかということについては)見解の相違かもしれませんけれども、私は相当、これは不適切な表現が多いなと思っています。そういう意味では、今後配布すべきではないというふうに考えますけれども、そういった認識はお持ちにならないということですか。

健康福祉部長 改めて配布しないような指示をする必要はないと考えております。

「意識啓発として配ったもの」と教育長

櫻田議員 次にプレコンセプションケアの推進と性教育の方向性について質問したいと思います。教育長に伺います。現在の小中学校や高校では性に関してどのような教育が進められているか、ざっくりとお願いします。

安田浩幸教育長 学校での性教育に関しては学習指導要領に従いながらですけれども、性に関する指導を、各学校の年間指導計画を作りながら行っていると、細かくどの学年で何とは申し上げられ上げませんけれども、ある程度体系的にですね、性に関する教育は行われていると思っています。

櫻田議員 もう一点聞いてもいいでしょうか。今回高校生に配布された冊子について、高校ではどのような教育、共有した教育が行われたかという認識はありますか。

教育長 細かく確認してはいませんけれども、これ副読本みたいなものではなくて、意識啓発みたいな形で配ったものだというふうに思っておりますので、特に授業等では使うものとは思っておりませんし、そういうふうなものだと我々は確認しています。

櫻田議員 先ほど指摘した(冊子の)「脱草食化」のところにはですね、「楽しめるセックスの試行錯誤などの意識改革が必要」という文章もあって、これ、教育現場の性教育との整合性っていうのはどうなんでしょうか? 教育長の見解だけでいいです。

教育長 児童生徒、子どもたちは性に関する興味関心とかですね、あるいは知識なんかも個人差が非常に大きいものがあったりしますので、さらに言えばですね、さまざまにこういったことで悩んだり、心配される行動をしたりする生徒がいますので、一概にこれがいいか悪いかといえば、私はですね、あんまり学校現場にはどうかなとは思うんですけれども、その辺に関してはちょっと個人的な見解で、あまり持ち合わせていないです。

「一歩間違えれば人権を侵害する」

櫻田議員 改めて部長に伺います。今回配布した冊子ですけれども、今言った表現であるとか、教育長の今のお考えを含めてですね、やっぱりかなりこう立ち入った内容だと私は感じています。配布の際、学校現場の性教育の現状であるとか、そういったものとの調整というのは図ったものでしょうか

健康福祉部長 先ほど教育長からもありました通り、副読本として配布したものではなく啓発リーフレットということでありますので、配布していただく相談は当時の教育庁の方にしたと思いますが、内容について詳しく説明した経緯はないと承知しております。

櫻田議員 プレコンセプションケアの推進については、一歩やり方を間違えれば、人権とか自己決定権とか、そういったものを侵害をしたりですね、または優生思想につながっていくような危険性を私ははらんでいるというふうに思っています。今後、人権に配慮した情報提供を「こども計画」の中でどういった形で進めていくのか、お聞かせいただきたいと思います。

健康福祉部長 プレコンセプションケアそのものは、若い男性女性が将来どのような人生を送りたいかということを考えて、現在の自分の体の状態ですとか、生活と向き合うということを実践していくということでありますので、今後の健康管理という点からも重要な施策であると考えております。ただし、発達段階等に応じて、必要な知識ですとかあるいは伝え方というのは、慎重な配慮が必要なものと考えておりますので、今後のプレコンの啓発活動にあたっては、医学関係者はもとよりですね、教育関係者ですとか、あるいは行政の方ですとか、そういった幅広い方々からの意見を聞きながら、対象となります当事者である子ども、若者の意見も取り入れながら考えていきたいと思っております。

「性の自己決定」を学ぶことが先ではないか

櫻田議員 性というのは非常に、極めて重要な基本的人権だと思うんですね。自分の体であるとか、プライベートゾーンであるとか、そういったものは誰にも侵害されてはいけないし、性交であるとか妊娠出産とか、あらゆるそういう性に関することを決定するのは、やっぱり本人、自分自身であるという、そういった本当に基本的な人権をしっかりと学ばないうちに、そういったプレコンセプションケア――これが正しいとすれば――こういった情報をただ流すっていうのは、私はそれはちょっと成り立たないかなというふうに思っていますけれども、部長はいかがお考えでしょうか?

健康福祉部長 おっしゃる通り、選択の自由そのものはもちろんご自身あるわけですから、このプレコンの目的とすれば、選択をするときに必要となる知識を事前に身につけていただきたいということでありますので、その身に着けていただく知識が、年齢ですとか、対象によって違うということは十分、考慮した上で、伝え方等についても適切な手段を考えていくべきだと思っております。ちなみに国の方でもプレコンについての啓発の仕方について現在、検討会を設けておりまして、年内には結論を得るということになっているようでありますので、県としましても、検討会の推移等を見ながら適正な手段についてさらに検討を進めたいと思います。

 高橋健康福祉部長の答弁の後、佐竹県知事も「補足します」と自ら発言しました。そして、高齢出産をした自身の身内のことに触れたうえで「私自身も今回、冊子を見てどきっとした。(伝える内容については)主観を入れず、科学的な事実にとどめるべきだった」と述べました。

「包括的性教育の中に位置付けるべき」

 最後に、櫻田議員が丹治純子県理事に質問しました。

櫻田議員 性教育について、先ほど教育長からもありましたけれども、私はまだこの性教育と人権に関する取り組みは、学校現場も含めてですね、ちょっと弱いなと思っています。やっぱり性を人権として、肯定的に捉えることが大事で、そのための知識とかスキルを学んでいくためには、包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education=ジェンダー平等や性の多様性を含む人権尊重を基盤とした性教育)というものをしっかりと導入していって、プレコンセプションケアは、その中に位置づけるべきではないかなというふうに思っています。丹治理事、そこら辺はどんなふうに。

丹治理事 包括的性教育とプレコンセプションケアを同時に学ぶということは、ジェンダー平等の観点であるとか、人権問題についても一連の流れの中で知ることができるというところからすれば、例えば自分の生き方だとか、家族の形成とか、そういうことまでも考える内発的な動機付けになることがあるのかなというふうに思うと、有意義というか意義はあるのかなというふうに思います(略)。子どもたちに包括的性教育を行うということになると、やはり親世代の性に関する偏見とか誤解、潜在的にそういうもの(性に関する偏見や誤解)が存在するということを認識しながら進めることをしないと、なかなか思ったような効果が得られないということがあるのではないかなというふうに思いました。ですからやっぱり日本の社会の中に、性に関する偏見がまだまだ残っている中では、学校現場での性教育のあり方とか、望ましい指導方法というのが、やはり国とか関係機関とかそういったところの検討がより進む、より議論されることが大事なのではないかというふうに個人的には思っているものであります。

「産む・産まない」に踏み込むべきではない

 以上が、県議会での質疑でした。

 秋田県の冊子を含む各自治体のプレコン施策について、ある識者は「(自治体は)油断しているのではないか」と語りました。もし本当に油断があるとすれば、それは国や自治体によるプレコンセプションケアに対してあまり疑問の声が上がっていない――という現状の裏返しなのかもしれません。

 結婚して「健やか」に出産することこそが幸福であるという考えのもと、人権と生殖の権利を奪われた人たちが日本にはいます。権利を奪う根拠となったのは、1996年まで存在した「優生保護法」という法律です。生殖ができないようにする「優生手術」は国や自治体、医療、保健、教育、地域が一体となり、時に「欺罔」(ぎもう、盲腸の手術をするなどといって当事者をだますこと)などの手段も用いて行われました。

 その被害者への補償がようやく今年1月、秋田県を含む各自治体の窓口で始まりました。

こども家庭庁のサイトにある大臣メッセージ「旧優生保護法に基づく優生手術等の被害を受けられた方々へ」

 「産む・産まない」の選択に介入する施策を、国や自治体はもう行うべきではないと考えています。今回の秋田県の事例は、官製プレコンセプションケアがはらむ危うさがたまたま表面化したにすぎません。どの自治体でも学校現場でも、起こりえることではないでしょうか。

【参考資料】
・こども家庭庁サイト 健やか親子21「プレコンセプションケア」https://sukoyaka21.cfa.go.jp/infographic/thema6/
・「男女共修 将来、ママにパパになりたいあなたへ~妊娠・出産のリミット」(一般社団法人日本家族計画協会)
・河北新報オンライン 35歳女性は「手遅れ?」50歳以上の卵子は「閉店」 秋田県の高校生向け冊子が炎上(2025年2月14日)https://kahoku.news/articles/20250213khn000080.html
・秋田県こども計画案 https://x.gd/2m6rW
・衆議院サイト 優生保護法 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00219480713156.htm
・CALL4サイト「優生保護法に奪われた人生を取り戻す裁判」
https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000086 
・こども家庭庁 旧優生保護法補償金等に係る特設ホームページ https://www.cfa.go.jp/kyuyusei-hoshokin
・秋田県公式サイト 旧優生保護法による優生手術などを受けた方へhttps://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/41766

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