地方の声に、どうこたえるのか

 〈今晩は少し風が吹いていますね。部屋はとても暑いので脱出して、竿燈の音を聞きながらスーパーへ行って涼んでいるところです〉

 8月5日夜、秋田市のAさんからメッセージが届きました。

 官庁街へ続く大通りで、4日間にわたり開かれる夏の伝統行事「秋田竿燈まつり」。夜空に響くそのお囃子を、Aさんはなじみのスーパーマーケットへの道すがら耳にしたとのことでした。スーパーに向かったのは、野菜の値段が安くなっていないかチェックするため、そして涼をとるため。生活保護を利用しているAさんは電気代を抑えようと、猛暑でもできるだけエアコンを使わずに過ごしています。

 Aさんは秋田市で発生した「障害者加算の返還問題」の当事者であり、精神障害者保健福祉手帳2級を持っています。1カ月の生活費(家賃を除く)のおよそ2割を占める障害者加算1万6620円を突然止められたのは、ちょうど昨年の竿燈まつりの時期でした。

 〈その後なにか、進展はありますか?〉
 Aさんから障害者加算問題の動向を尋ねられた私は「進展と言えるかは分からないのですが」と前置きして、最近ちいさな希望を感じた出来事について伝えました。
 それは、秋田県から国への「声」です。

秋田県から国へ、批判と要望

 7月末、Aさんたち当事者を支援している民間団体「秋田生活と健康を守る会」の後藤和夫さんから連絡がありました。秋田県が厚生労働省に送った「ある要望」を読んでみてほしい、というものでした。

 後藤さんからのメールには〈画期的な内容です。下記URLを開いて、厚生労働省の整理番号270にたどり着いてください〉とありました。

 URLは内閣府の「地方分権改革に関する提案募集」のもの。教えてもらった「厚労省の整理番号270」を開いてみました。

〈障害者加算は、障害があることで余計に生じる出費への補填(ほてん)が目的であり、現状はその趣旨に反している〉〈精神障害のある生活保護受給者の障害者加算について、すべて障害者手帳で認定を行えるよう改正を求める〉――

 秋田県による、国への明確な批判と要望でした。後藤さんは「私たちが言いたかったことを、言い切ってくれている」と話しました。

「地方分権改革に関する提案募集」に秋田県と県内25市町村などが寄せた要望(赤線は筆者による)

 秋田県はこれまで毎年、厚労省に対して「精神障害の当事者への障害者加算の取り扱いを見直してほしい」と要望してきました。今回はそれとは別で、内閣府を通じた「新ルート」での要望となります。

 いずれにしても、秋田県が現状を「(法の定める)趣旨に反する」と批判し、「手帳で加算できるよう改正を」とはっきり求めたのは、初めてのことです。

秋田県と県内自治体(秋田市を除く)がこれまで厚生労働省に要望してきた内容。「精神障害も手帳で加算できるように」といった踏み込んだ要望は記されていません(「秋田生活と健康を守る会」提供)

 ちなみに今回の要望には、秋田県と県内25市町村のほか、秋田県に賛同した宮城県、栃木県、川崎市も名を連ねています。さらに、15自治体と東京23区でつくる特別区長会が共同提案に加わりました。tb_r6_ichiran_unite1.xlsx (live.com

 追加で加わった自治体は以下の通りです。

 花巻市、ひたちなか市、相模原市、浜松市、名古屋市、豊橋市、小牧市、寝屋川市、倉敷市、徳島県、高知県、長崎市、諫早市、熊本市、宮崎県、特別区長会

「正さなければ、同じことが繰り返される」

 今回の要望の意図について、秋田県地域・家庭福祉課保護チームの担当者は次のように話します。

 「昨年の秋田市の事例もあって、これまでより強く国や厚労省に対して改正を訴えていかなければならないのではないかと検討しているとき、ちょうど内閣府の提案募集がありました。秋田市だけでなく、全国の自治体で障害者加算の認定誤りが発生しています。職員も人間ですから、分かりやすい制度である方がミスも減りますし、何より今の制度では不公平が生じている。見直しがなければ同じリスクが繰り返されます。ここまで強い言葉である必要はあっただろうかとも思いますが、こちらの考えを伝えたい、ということでした」

 秋田県が「障害者加算の趣旨に反する」と記している通り、現行制度は理にかなっていないばかりか、大きな問題をはらんでいます。

 それは、精神障害への差別という問題です。
 身体障害の当事者は、障害者手帳の等級だけで障害者加算を受けられますが、精神障害は受けられません。精神障害者保健福祉手帳には2年という有効期限があります。2年に1度、医師の診断と都道府県知事の認定を受けて更新する必要があります。つまり、障害の状態や度合いは手帳によって十分確認できるということです。にもかかわらず、精神障害の手帳は身体障害の手帳よりも軽く扱われています。

 さらに精神障害の加算認定は「年金制度」を絡ませた複雑な運用となっており、秋田市で起きたようなミスが全国各地で多発。結果的に精神障害のある当事者が、最低生活を脅かされる事態になっています。

会計検査院の令和4年度決算検査報告書より。秋田市と同様のミスは各地で多発しています

「手帳による認定は適当ではない」と厚労省

 しかし、秋田県などの要望に対する厚労省の1次回答は、現行制度を肯定するものでした。

「地方分権改革に関する提案募集」の秋田県の要望に対する厚生労働省の1次回答(囲いは筆者による)

 〈精神障害を有する生活保護受給者のすべてに対し、ご要望のすべて精神障害者保健福祉手帳の等級で認定することを可能とするのは適当ではないと考えている〉という結論ありきで、現行制度を説明するだけの内容となっており、身体障害と精神障害の「手帳間の格差」についても答えていません。

記者の質問にもゼロ回答

 今年5月、私も厚労省に下記のような質問を送りました。

①身体障害の場合は障害者手帳の等級が1~3級であれば加算が認定される仕組みですが、精神障害は違います。身体障害と精神障害とで障害者加算の取り扱いがこのように異なるのは、なぜでしょうか。

②身体障害と精神障害とで異なる取り扱いをすることは、障害者差別解消法や生活保護法(無差別平等原理)の趣旨に反する可能性があるのではないでしょうか。

③秋田県など地方自治体が、現行制度の見直しを求める意見を国に申し入れています。このような自治体からの意見について、お考えをお聞かせください。

④身体障害と精神障害とで加算認定の仕組みが異なることが要因となり、全国でミスが起きています。精神障害の場合も精神障害者保健福祉手帳の等級によって障害者加算を受けられるような仕組みにできないものでしょうか。

 これに対する厚労省の回答は、以下のようなものでした。

〈厚労省からの回答〉
〇 障害者加算については、身体障害者福祉法施行規則別表第5号に掲げる身体障害者等級表の3級以上、又は、国民年金法施行令別表の2級以上に該当する者に算定することとされており、障害の程度の判定は、身体障害者手帳又は国民年金証書等により行うこととしております。

〇 ただし、障害年金の受給権を有しない場合には、障害年金での障害の程度の認定ができないことから、例外的に、精神障害者保健福祉手帳による障害の程度の認定を可能としております。

〇 現時点では、このような障害者加算の取扱いを見直すことは考えておりません。

 秋田県に対する1次回答と、ほとんど同じ内容でした。

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 一連の話を伝えると、Aさんからは〈全部の自治体が一致団結してほしい〉というメッセージが返ってきました。

 秋田県地域・家庭福祉課保護チームによると、1次回答後も厚労省との交渉は続いているとのことです。切実さを増していく地方自治体の声に、国はどうこたえるのか。注目していきたいと思います。

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