「睡眠薬をお守りに、学校へ向かう」 ある小学校の先生の声


 今年の初め、ある小学校の先生にお会いしました。仮にA先生と呼びます。

 ベテラン教員のA先生は8年前、うつ病と診断され、現在も通院して投薬治療を受けながら高学年の学級担任をしています。体調がすぐれないときは、職場に迷惑がかからない長期休みに病気休暇を取得し、休み明けに再び学校に向かいました。臨時採用教員(講師)だった期間も、正規の教員となってからも、研究授業や高学年の担任を引き受けてきました。真面目で、熱心な先生です。

 一向に減らない業務。支援を必要とする多様な子どもたち。中には、保護者への支援が必要なケースもあります。そのような教室を、たった一人で背負ってきました。

 体調がすぐれないことを、周囲は心配してくれていました。ただ、同僚の教員もまた、余裕がない状況でした。

 「管理職やほかの先生方も、さまざまな対応で忙しいので、私一人ごときのために迷惑はかけられない」。そんな思いで自分の心身をだましながら、A先生は働いていました。次第に追い詰められ、いつもの「A先生らしさ」を失ったタイミングで、保護者から「教師失格」のような強い苦情を受けました。

 このような状況に何年も置かれるうち、A先生はうつ病になりました。

 「いつも服用している睡眠薬をたくさんためて、学校に持っていくバッグに入れて、教室に向かっています。お守りです」。そう苦しげに語りました。

ハッピーな幻想を捨て、現実を見てほしい

 私は「秋田の学校」に幻想を抱いていたのかもしれない。A先生の話を聞きながら、そう思いました。

 少人数学級。小規模校。熱心な先生。純朴で明るい子どもたち。メディアによく登場する「全国学力テスト」の好成績――。そんな「ハッピーな幻想」に目が曇り、秋田の学校の窮状は、なかなか気づかれずにいるのではないか。保護者にも、多くの県民にも。

 数年前、私は「1クラスの理想の児童数」を県内の先生たちにインタビューしたことがあります。県北の小学校(現在は閉校)にあった「児童1人だけの学級」を取材(※1)したことがきっかけでした。

 1人学級で、先生と子どもの丁寧なやりとりを見て考えたのは「大人数の学級を見るのは、どれだけたいへんなのだろう」ということでした。

 先生の負担だけではありません。授業で先生の話している内容が分からない、ついていくことができない。人数の多いクラスで内心焦り、心細さを感じている子どもの姿が頭をよぎりました。 

1クラスの人数が減っても、学校の構造は変わっていない

 小規模校が全ての面で優れている、とは思っていません。

 たとえば、私の20代の友人は、秋田県内の小規模校に通っていた小中学生のころ人間関係に苦しみ、学校に行くことができなくなりました。いわゆる「不登校」になったのです。クラス替えなどによって人間関係をリセットすることが難しい小規模校で、このような問題に突き当たると、子どもは行き場がなくなってしまいます。

 ただ、先生たちの過重労働や長時間労働という現実、そして一人一人異なる子どもたちのことを考えたとき、少人数学級、あるいは1クラスを受け持つ先生の人員増が、非常に大切だとは感じています。

 2019年当時、先生たちに「1クラスの理想の人数」を尋ねたところ「20人プラス数人」「20人前後」という答えが多かったと記憶しています。

 実はこのクラス規模は、秋田県ではおおむね実現しています。県の学校統計基本調査(※2)によると、小学校の1クラスの人数は19.1(2022年度)。前年度の19.3より減っています。

 それなのになぜ、先生たちは体を壊し、辞めていくのでしょうか。


「学級担任一人では、もう無理」


 その理由を垣間見ることのできる調査があります。秋田県教職員組合が2023年に行った「教職員の働き方」に関わるアンケートです。一部を抜粋して紹介します。

子どもも保護者も多様化し、変わってきている。もはや、学級担任一人では、無理だと感じる。複数担任にするか、分業、または教科担任制など体制を変えるなどしないと、続けていけない現場になっている」

部活動が長時間労働の原因であることは誰もが感じていることです」

「多忙の日々。部活動も時間外が当たり前で日々大変です」

多忙化解消どころか時代に逆行するかのように仕事が増えています

「残業代が欲しくて働いている教員などほとんどいないと思う。お金ではなく、仕事の負担を減らしてほしい。普通の家庭生活を営みながら健全に働ける環境がほしい」

「今の学校現場は子どもたちを指導する準備の時間を確保できないまま、走らされている。学力の定着など、はかれるはずがない。指導内容をとにかく1年こなすだけである。ブラックすぎて次世代の教員のなり手は減るばかりだと思う。実際わが子には、絶対すすめられない」

「小規模校では学級担任以外に校長・教頭・教務しかおらず、担任不在のときは3人でフルに補充に入らなければならない。大変です。小規模校こそ人員を追加してほしい

 これらの声は、ごく一部です。そして、このようなアンケートに書き込む余裕さえない先生、力尽きて辞めていく先生が後を絶たない、という声が現場から聞こえてきます。

 秋田は少子化が進んでいます。裏を返せば、先生の負担を軽減し、子ども一人一人に向き合える教育をつくるチャンスがある土地のはずです。

 けれど現実は、子どもの少ない地域ほど学校統合が進み、大規模校が生まれている。クラスの数は増えずに、1クラスの人数だけが増えてしまう状況もある。
 子どもの少ない小規模校は職員の人数も抑えられており、一人何役もこなさなければならない。
 そのような矛盾した状況が、アンケートから浮かび上がります。

 このまま「財政事情」や「保護者の希望」を主軸に学校統合を進めてよいのか。もう一度、県全体で考える必要があると思っています。

 そのためには、学校で起きている「やりがい搾取」と先生たちの声を、もっと可視化する必要があります。

 先生は人間です。学校こそ人間を大切にする場所であってほしいと思います。

 秋田県内の教職員のうち、精神疾患による休職者は30人。(※3)
 秋田県内の小中学校で不登校となった子どもたちは、1566人。(※4)

 先生たちが苦しい学校で、子どもたちが楽しく過ごせるとは思えません。

 A先生にインタビューをしたのは、冬休みの終わりでした。「まだ休みなので、こうやって笑って話しているんですけれど、日常の学校があるときだったら、多分、ぼろ泣きしていたと思います。また現実に戻るのが、怖いです」

【参考資料】
※1 秋田魁新報 1人だけの3年生 学び遊び、家族のように(2019年5月15日)https://www.sakigake.jp/news/article/20190907AK0050/

※2 秋田県の2022年度「学校基本調査結果報告書」4Pよりhttps://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000000528_00/R4%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%A2%BA%E5%A0%B1/R%EF%BC%94%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90%E6%9E%9C.pdf

※3 文部科学省の2022年度「公立学校教職員の人事行政状況調査」より
https://www.mext.go.jp/content/20231222-mxt_syoto01-000033180_3.pdf

※4 文部科学省の2022年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」74Pよりhttps://www.mext.go.jp/content/20231004-mxt_jidou01-100002753_1.pdf


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