この暮らしを守りたい

 「母は、私には施設に入ってほしくない、という考えを持っていました。母が生きているうちに、一人で生活できているところを見せたいなという思いもあって、一人暮らしを選択しました」

 秋田市に住むAさんの声です。Aさんは脊髄損傷による麻痺のため、胸部から下を動かすことができません。夜間の体位交換を含め、日々欠かせない介助を受けながらアパートで生活しています。一人暮らしを始めて、間もなく2年。その生活が今、危機に瀕しています。秋田市がAさんに対して「24時間の介助」を認めないためです。

 Aさんは現在、公的な障害福祉サービスを利用して介助を受けていますが、秋田市がAさんに認めたのは午前7時から午前0時までの「17時間」のみ。深夜から早朝にかけての「7時間」は対象外のままで、結果的にAさんの支援事業者が自腹で夜間の介助を続けている状況です。Aさんと事業者は秋田市に対し、24時間の介助を認めてほしいと再三求めてきましたが「予算がない」といった理由から聞き入れられませんでした。

 このままでは、地域で一人暮らしを続けることができなくなる――。Aさんと事業者は7月31日、Aさんの代理人弁護士とともに秋田市役所を訪れ、Aさんが24時間の介助を受けられるよう再度の審査を求める意見書を提出しました。秋田市の障がい福祉課は「受け取った内容を拝見して、審査会にかける必要があれば再度審査にかけ、その結果を受けて判断したい」としています。

Aさんと代理人弁護士が提出した意見書(赤の下線は筆者による)

人生初の一人暮らし

 Aさんは秋田市の特別支援学校を卒業後、家族とともに暮らしていました。しかし、介助を担っていた家族が高齢になったことから地元の施設に入所。数年を過ごした後、2022年8月にアパートでの生活をスタートさせました。初めての一人暮らしです。

 Aさんは胸部から下を動かすことができないため、一人で暮らすには日常のさまざまな動作を介助する支援者が必要です。そこで利用したのが、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス。障害のある人が地域で暮らし続けられるよう支援する公的な仕組みです。

 障害の程度や当事者の意向などを踏まえ、市町村がサービス内容や時間数を決定。その枠内で民間のサービスを受けることができます。利用者の負担は1割(月額上限あり。生活保護世帯などは0円)。財源は国(2分の1を負担。ただし「総費用額の2分の1」ではなく、あくまで「国庫負担基準の枠内での2分の1」負担)と都道府県(4分の1負担)、市町村(4分の1負担)でまかなっています。

 全国の当事者でつくるNPO法人・DPI日本会議の事務局次長・今村登さんによると、Aさんが直面している問題は「残念ながら珍しいことではない」といいます。「市町村の支給決定基準を超える『非定型』と呼ばれる支給時間の必要性をどこまで認めるかの判断が厳しいがゆえに、施設から出たいけれども十分な支給を受けられそうもないので実現できない、というケースもあります」(今村さん)。当事者からDPIに相談が寄せられることもあるそうです。

「自分の意思で、決められる」

 Aさんは一人暮らしをするにあたり、障害のある人の生活を支援している事業者「自立生活センター くらすべAkita」に相談し、秋田市に障害福祉サービスの利用を申請しました。その後、医師ら専門家でつくる審査会(月2回開催)の認定を経て、事業者はAさんのサービス利用計画案を秋田市に提出。市は内容を検討し、Aさんに対して「重度訪問介護」のサービスを月539時間支給すると決定しました。

 重度訪問介護とは「重度の肢体不自由などで常に介護を必要とする人に、自宅で入浴、排せつ、食事の介護、外出時における移動支援などを総合的に行う」ものです。Aさんは現在、5人のヘルパーに交代で介助を受けながら日常生活を送っています。買い物に行き、趣味の教室に通い、地域の祭りに出かけられる、初めての日々。「自分の意思でいろいろ決めて生活できていて、責任も伴うけれど、自由があります」とAさんは語ります。

Aさんが撮影した夕景。一人暮らしを始めてから、よく写真を撮るようになりました

 ただ、生活の中に大きな問題がありました。秋田市が決定した「月539時間」という介助の時間数です。

「迷惑をかけられない」と我慢していた

 胸から下を動かすことができないAさんは、常時介護を必要とする状況にあります。しかし「月539時間」は1日にすると約17時間となり、支援者のいない「空白の時間帯」が毎日7時間、生じてしまいます。そしてそれは「深夜帯」と呼ばれる深夜0時から午前7時にあたります。

 最初のうちは、Aさんも事業者も「まずは17時間の介助で生活してみて、足りなかったら改めて申請しよう」と一人暮らしをスタートさせました。しかし介助の入らない空白の時間帯に、さまざまなトラブルが起きていました。

Aさんの介助記録

 Aさんは脊髄損傷のため胃腸の働きが弱く、夕食後7、8時間後には腹部が張ってきます。介助者がいなければ排便をすることができず、腹部が張って眠れないまま朝を迎える日がありました。夜間に排尿、排便があった場合も翌朝までそのままです。寝ている間はずっと同じ姿勢になるので、おしりの部分に褥瘡(じょくそう=体重で圧迫されている場所の血流が滞ることで、皮膚の一部が赤くなったり、ただれたりしてしまうこと)ができてしまいました。

 深夜に何かあったときは、いつでも事業者に連絡することができますが、Aさんは我慢していました。「夜間に排便があったときは、遅い時間になればなるほどヘルパーさんを呼ぶのが申し訳ないなという気持ちになって。眠れずにいる間もずっと、汚い、気持ち悪いという思いで居続けることは、つらかったです」

「空白の7時間」に負ったやけど

 昨冬のこと、ヘルパーが用意した湯たんぽがベッドの中でずれてしまい、Aさんはやけどを負いました。支援者がおらず自宅で一人きりになっている「空白の7時間」に起きた出来事でした。

 この事故をきっかけに、事業者は秋田市に対して「Aさんが24時間の常時介護を受けられるよう、支給を見直してほしい」と求めました。しかし返ってきたのは「予算がない」「ほかの人たちの時間数もどんどん削ろうと思ってお願いをしている。Aさんだけ特別扱いはできない」などの言葉だったといいます。

 秋田市に何度か相談しましたが「日中の介助を減らして夜間帯に回す方法もある」「日中はデイサービスや施設を使って、浮いた時間を夜間の介助に回せばいいのではないか」といった返答のみで「539時間(1日17時間)」という枠そのものを広げる回答は、得られなかったといいます。

事業者が持ち出しで24時間支援

 事業者は3月末、Aさんが24時間介護の給付を受けられるよう秋田市に改めて変更申請を提出しました。さらに4月からは、審査結果を待たずに「空白の7時間」もAさんの介助に入ることにしました。

 7時間分のサービス費用は、1カ月合計すると約40~50万円。秋田市が支給を認めなければ、費用はAさんの自己負担になります。高額であり、またAさんは生活保護を利用しているため支払うことは不可能です。このため7時間分のサービス費用は事業者が負担し、Aさんの24時間介助を続けてきました。

 「Aさんの命に関わることであり、見殺しにはできません。ただ、このまま持ち出しで続けると、私たちも立ち行かなくなってしまいます。Aさんは24時間の介助が必要です。デイサービスや施設を利用したとしても、専属のヘルパーに介助を受けられるわけではないので、日中のデイサービスや施設利用で解決する問題ではありません。何より、自立生活を願うAさんに再び施設に戻れと言うのは、Aさんにとってあり得ない選択肢です」。事業者は、こう話します。

秋田市「施設に入るのが妥当」

 秋田市は申請を認めるはず――事業者は、そう考えていました。

 しかし、予想通りにはいきませんでした。4月、秋田市の担当部署である障がい福祉課から、Aさんの申請に対して以下のような返答がありました。

 先に申請のあった重度訪問介護の支給量変更申請について、審査会に諮ったところ、主に次の理由により支給量増は認めない結果となりました。

・じょくそう、火傷、エコノミー症候群等の処置は医療による対応が必要である。
・夜間の住宅不安の解消を求めている場合は、施設入所が妥当である。
・火傷の原因と、支援の方法を見直す必要がある。

 用件のみの、短い文面でした。

同級生の言葉に、一人暮らしを決意

 Aさんは地元の小中学校に通いましたが、高校進学の際に「教室を車いすで移動するのは難しい」といった教育環境の問題によって、普通高校ではなく特別支援学校を選択しました。卒業後は家族と7年間暮らし、のちに施設で数年、生活しました。

 「秋田だと、養護学校を出たら施設に入るという流れがまだまだ、みんなの頭の中にあって、一人で暮らすっていう考えがあまりないと感じてきました」。そんなAさんが一人暮らしを決意したきっかけは、特別支援学校時代の同級生の姿でした。

 「友人はくらすべAkitaの支援を受けて生活していて、私がちょっと施設でつらいことがあるんだと話したら『(一人暮らしを)やってみない?』と勧めてくれました」。一人で暮らすのは絶対に無理、と周囲に思われていた友人が、一人で生き生きと暮らしている。その姿に刺激を受け、Aさんも一歩を踏み出しました。

Aさんが撮影した睡蓮

 施設を離れ、一人暮らしをかなえたAさん。その暮らしをこれからも続けたい、という願いに対する行政側の答えは「施設に戻るのが妥当」というものでした。

法の理念に反するのではないか

 障害のある人が地域で暮らせるよう支援していくための法律「障害者総合支援法」の第一条「基本理念」には、こう書かれています。

(基本理念)

第一条の二 障害者及び障害児が日常生活又は社会生活を営むための支援は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において必要な日常生活又は社会生活を営むための支援を受けられることにより社会参加の機会が確保されること及びどこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと並びに障害者及び障害児にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資することを旨として、総合的かつ計画的に行わなければならない

 秋田市側の回答は〈どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと〉〈障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資すること〉をうたう法の理念に、逆行しているのではないでしょうか。

根底にある憲法と条約

 7月31日、Aさんと事業者、Aさんの代理人である虻川高範弁護士(秋田市)、長岡健太郎弁護士(兵庫県尼崎市)が秋田市役所を訪れ、「24時間の常時介護を前提とする支給決定」を求める意見書を提出。Aさんの詳細な介助記録などの資料を添えて再度、審査会にかけるよう求めました。

Aさんの代理人を務める長岡弁護士(右)と虻川弁護士

 長岡弁護士は、今回の問題を考える大前提として日本国憲法の13条(個人の尊重、幸福追求権)、14条1項(法の下の平等)、22条1項(住居移転の自由)、25条1項(生存権)、そして日本が2014年に批准した国連の障害者権利条約19条の〈締約国は、障害のあるすべての人に対し、他の者と平等の選択の自由をもって地域社会で生活する平等の権利を認める〉という規定に触れながら「誰もが、どこで暮らすかを自分で決めることができる。親元や施設ということではなく、地域社会の中で生活する権利があるということが、まず根底にあります」と述べました。

一人一人の事情を踏まえた支給を

 長岡弁護士によると、厚生労働省は「支給量の決定に際しては、当事者一人一人の状況を考慮して個別のニーズに即して支給量を積算すべき」という姿勢を再三、打ち出しています。例えば今年3月に行われた「厚生労働省障害保健福祉関係主管課長会議」資料の121~123ぺージには〈深夜帯に利用者が就寝している時間帯の体位交換、排泄介助、寝具のかけ直しや見守りなどの支援にかかる時間についても、医療的ケアの有無だけでなく、利用者一人ひとりの事情を踏まえて適切な支給決定を行うこと〉と明記されています。

「厚生労働省障害保健福祉関係主管課長会議」資料の122ページ(赤い囲みは筆者による)
「厚生労働省障害保健福祉関係主管課長会議」資料の123ページ(赤い囲みは筆者による)

 長岡弁護士は「厚労省の事務連絡は踏み込んだ内容になっています。それは実際、全国各地で深夜帯についての重度訪問介護の支給決定の在り方が問題になりやすいためだと思います。深夜帯の介護の事情をきめ細かく見た上で、場合によっては夜間も含めて常時介助が必要だという考え方を、厚労省も前提としています」と話しました。

 Aさんと同じ「重度訪問介護」の支給決定をめぐり、時間数を増やす判決も出ています。
 脳性麻痺のある当事者が原告となった「和歌山石田訴訟」(137ページ)では、2011年12月14日の大阪高裁判決で原告が一部勝訴。その中で大阪高裁は、財政事情を理由に時間数を削減した和歌山市に対し「証拠上、具体的にいかなる支障が生じるか明らかではない」と述べてその主張を退けました。さらに「他の受給者との均衡は、それ自体、勘案事項とはされていない上、『障害者等…の心身の状況』を上回る重要性を持つとはいえない」とし、こちらも市側の主張を退けています。

 予算がない。
 あなただけ特別扱いはできない。
 よく耳にする論法によって、人権侵害が起きています。それは決してあってはならないことなのだと、法や判例がはっきりと示しています。

【参考資料】
・障害者総合支援法https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000123_20240401_504AC0000000104
・NPO法人DPI日本会議ホームページhttps://www.dpi-japan.org/activity/community/
・障害福祉サービスの利用についてhttps://www.mhlw.go.jp/tenji/dl/file01-01.pdf
・障害支援区分の認定を含めた支給決定の
在り方についてhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000076422.pdf
・日本国憲法https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION
・障害者権利条約https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo_kadai/iinkai_32/pdf/91942601_05.pdf
・「厚生労働省障害保健福祉関係主管課長会議」資料https://www.mhlw.go.jp/content/001231508.pdf
・日本障害法学会編「障害法」第2号(2018年11月)https://disability-law.jp/wp-content/themes/disabilitylaw/journal/academicjournal02.pdf

タイトルとURLをコピーしました