一本の電話

 2023年夏、一本の電話を受けました。以前取材でお世話になったAさんからでした。互いに近況を話し合った後、Aさんがこう切り出しました。「実は自分は、生活保護を受けているんですが、障害者加算というのを止められることになって。秋田市のミスらしいのですが、過去の分も返してほしいと言われてしまって」――。途方に暮れていました。

 〈秋田市が1995年から約28年にわたり、精神障害のある生活保護利用者に「障害者加算」を誤って支給し、そのミスのつけを当事者に背負わせようとしている〉。そんな問題が発覚するきっかけとなったのが、Aさんの声でした。

ひっそりと追い込まれていった当事者

 Aさんが毎月受け取っていた障害者加算は1万6620円。Aさんの1カ月の保護費(家賃を除く約8万8000円)のおよそ2割を占める額です。Aさんによると、本来Aさんは障害者加算を受け取ることができないのに、秋田市が誤って支給し続けていたということでした。

 このとき私は「単純な支給ミス」だと思い込みました。ときどきニュースになる「誤支給」だろう、と。秋田市がすぐ公表しないことを不思議に思いながらも、私はAさんにこう伝えました。「きっと9月議会でミスの報告があって、報道もされると思います」。しかし待てど暮らせど、その日はきませんでした。

 9月議会が終わりに差し掛かった10月初め、ちょうど地方紙を退職した私はAさんからの情報を手がかりに秋田市に取材することにしました。この時すでに、Aさんは障害者加算を止められて苦しい生活に陥っていました。その上、担当のケースワーカーは100万円近い返還額を示して「返してもらうことになります」とAさんに伝えていました。声を上げることのできない立場に置かれた人が、本当にひっそりと、追い込まれていたのです。

遅かった秋田市の公表

 なぜ秋田市はいつまでも問題を公表しないのか。Aさんのような当事者は、ほかにもいるのではないか。疑問に思いながら取材をし、そこで初めて「障害者加算の過大支給」が1995年から28年、行政通知(1995年の厚生省課長通知)の見落としによって続いてきたことを知りました。

 またAさんと同じように「過大支給」だと判明し、月々の障害者加算を止められた上に過去の分の「返済」を求められる人は、一人や二人ではないことも分かってきました。結果的にその数は、117世帯(120人)にまで膨らみました。

 10月2日、私はこの問題について記事を発信しました。偶然だったのですが、同じ日に「秋田生活と健康を守る会」も秋田市役所で記者会見を開き、当事者に起きていることを世論に訴えかけました。結局、この問題が秋田市議会議員に報告されたのは、翌日の10月3日のことでした。「公表が遅すぎる」と市議会からも批判の声が上がりました。

浮かび上がった構造的な差別

 Aさんをはじめとする当事者の声は、秋田市によるミスの陰に構造的な問題があることも明らかにしました。それは、精神障害への差別です。

 今回の問題で被害を受けた当事者はすべて、精神障害のある人です。精神障害のある人が生活保護の障害者加算を受け取るにあたり、身体障害のある人よりも高いハードルを課されています。秋田市のミスの原因も、実はこの「ハードル」を見落としていたことにあります。そしてこのハードルは本来、取り払われるべき障壁だということも当事者の声で明らかになっていきました。詳しくはこちらの記事で専門家が解説しています。

 ちなみに障害者「加算」というとプラスアルファのお金のように聞こえますが、そうではありません。障害によって生じる生活上のへこみを平らにならし、健康で文化的な最低限度の暮らしに近づけるために欠かせないお金が「障害者加算」です。それを受け取るためのハードルが、身体障害の場合は「障害者手帳」のみでよいのに、精神障害の場合は年金制度を絡ませて「高いハードル」を課すものとなっています。

 精神障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)には2年という有効期限があります。2年に1度、医師の診断と都道府県知事の認定を受けて更新する必要があるのです。つまり精神障害の状態や度合いは手帳によって十分確認できるということです。にもかかわらず、精神障害の手帳は身体障害の手帳よりも軽く扱われています。障害者差別解消法の理念に反するとも思えるような差別的取り扱いが長年、温存され、福祉現場でのミスまで生んできました。

会計検査院の令和4年度決算検査報告書より。秋田市と同様のミスは各地で多発しています

 これに関しては当事者だけでなく、秋田県や県内自治体の福祉事務所も「見直しを」と国に対して声を上げ続けています。

1995年厚生省課長通知の見直しを求める秋田県の要望書(「秋田生活と健康を守る会」提供)

 いま、ネットで「秋田市」「加算」などと検索すれば、この問題は上位に表示されます。しかしもし、Aさんをはじめとする当事者が声を上げなかったら。これらの問題はほとんど知られることもなく、行政側の段取りでひっそり処理されていたのではないかと思います。生活保護世帯が、十分な控除を受けられないまま多額の返還金を背負わされていた可能性も、否定できません。

 7月12日、3人の当事者が秋田市にある「秋田生活と健康を守る会」の事務所に集まりました。一人一人が証言したことを、ここに記録しておきたいと思います。

とても暮らしていけない

 Bさん 精神障害者手帳2級。2023年8月に障害者加算(1万6620円)を止められる。秋田市に返還するよう示された金額は約97万円。秋田市の対応について、秋田県に審査請求中。

 昨年の8月、保護課から突然電話がかかってきまして、詳しい理由は言わないで「障害年金の申請をお願いすることになりました」と言われました。障害年金はあの通り、難しい制度ですので、唐突に電話で言われても「できません」と言って、一回は拒否しました。そうするとまた日を置いて電話がかかってきて、「年金調査をするので委任状を記入していただきたい」と言いました。用意された書類に「基礎年金番号と名前を書いてください」とだけ言うので、その通りにしました。後日、電話がかかってきまして「あなたは年金を受給できる状態です、これは今まで市役所側の間違いだったので、今日をもって障害者加算を削除させていただきたい」というふうに言われました。

 私は「ちょっと待ってください。家族もいるので、今、回答はできません」と言うと、「今日のうちに決定を出さなければいけないので、納得してください」と言われました。翌日、担当ケースワーカーと上司のかたがうちに来まして「保護変更決定通知書」を渡されました。そこには、理由は何も付されないまま「障害者加算1万6620円を削除します。既に支給していた8月分を返金してください。もし返金しない場合は延滞金を申し受けます」という内容が書かれていました。とても納得できないし、これはもう裁判にでも訴えます、と言いました。保護変更決定通知書にはんこを押した張本人である福祉事務所長を連れてきてほしい、法的手段に訴えますと言ったところ、9月になって課長補佐と課長が来られて、謝罪文のようなものを手渡されました。

 そこには「仮に市側の間違いであっても全額返していただきます」とありました。突然、保護費を削られたので、9月の生活がもう危ないという状態になりました。社会福祉協議会にお金を貸してもらわないと、夏は冷房も使っていましたし、ボイラーに詰める灯油も保護費が下りる前提で買っていましたので、(社協に)乗り切れないと伝えて、2万円を借りることにしました。秋田市からは、過去にさかのぼって返還してもらわなきゃいけない、あなたの場合は97万いくらですと口頭で言われました。それでもう、愕然としてしまって。そんなお金はありませんと、私は言いました。

 その後、保護課長宛にメールしましたが「市長とも相談したことだから、返すものは返していただきます」という回答でした。広報広聴課の方にも抗議のメールを出しましたけれども「当課では対応しかねます」という返事でした。「何でこういうことになったんですか」と、福祉事務所に行って直接抗議したこともあります。そのとき「当時はそう思ってやったんです」と言われました。私は平成26年に障害者手帳を持ちました。今回、いきなり障害者加算を削除されて、追い詰められましたし、それ以降の生活は大変です。

自分は人として見られているだろうか

 Aさん 精神障害者手帳2級。2023年8月に障害者加算を止められる。当時、秋田市から返還するよう示された金額は約93万円。返還額を差し引く作業を秋田市が進めた結果、Aさんの返還額は0円(返済無し)となった。ただ、障害者加算(1万6620円)は止められたままの状態。

 いまBさんのお話を聞いていまして、保護課の職員さんの対応はそれぞれ違うんだなと思いました。私は去年の7月下旬ぐらいに、ケースワーカーさんからいきなり電話で障害者加算を削ると伝えられ「秋田市のミスでした」と言われました。とても暑い日でした。いきなり何なのだろうと思いました。「5月に会計検査院が秋田市に来まして、過支給が発覚しました。秋田市の中で大問題になっている」という話でした。私が受け取っていた障害者加算、1万6620円を8月からカットする方向になっていますということでした。さらに約93万円という過支給額を示されました。「これを返還していく方向になります」という話をされました。「えっ」と思いました。

 私は「謝罪文というのは郵送してこないのですか」と聞きました。ケースワーカーさんはしばらく無言になって「組織的に難しいです」と言いました。なぜ文書を出さないのだろう、隠したいのではないかと感じてしまいました。後日、自立更生(返還額から「生活に欠かせないもの」の購入費を差し引き、返還額を減らすこと)の説明を受けました。いまの秋田市の職員さんたちが悪いわけではなく、長い間続いてきたことだと分かっています。ただ、93万円なんて私は返せないですと伝えると、「1カ月に1000円ずつ返すこともできます」と言われました。

 この間、自立更生の作業を受ける間もずっと思ってきたのは、自分はちゃんと人として、人間として認識されているのかなということです。「生活保護を受けていると駄目」みたいな、とても軽く見られているような気持ちでした。貯金なんてできるわけがないし、できないことになっているのに、通帳も見られました。

 謝罪文は、今年の1月に届きました。Bさんには先に謝罪文が届いていたと聞いたので、いろいろなズレがあるんだなと感じました。私は自立更生の結果、返還金が0円になりました。自分は0円ですが、結局、自分のことしか分からない。私が0円になるなら、今回の当事者の方みんな、なるべきじゃないかと思っています。自立更生によって。

他の当事者を思うと苦しい

 Cさん 精神障害者手帳2級。2023年12月に障害者加算1万6620円を止められる。しかし2024年3月に、障害者加算を止めたのは秋田市の誤りだったと発覚。5カ月ぶりに、障害者加算を再び受け取ることができるようになった。

 私は、令和4年度(2022年度)から生活保護を利用しています。最初に障害者加算がつくという説明を受けて、私は当然、正当なものだと信じて、受け取っていました。けれども去年の11月末に担当ケースワーカーさんから電話がありまして「誤って障害者加算をつけている状態ですので、12月から削除します」と言われました。削除の1週間くらい前、本当に直前に電話で言われました。そのときに「これまでに過大に支給していた金額についても、返還してもらう形になります」と言われて、とにかくびっくりして。減らされるということもショックだし、言われのない借金を急に背負わされてしまったように思いました。

 「普通の生活費」の分のお金を支給されているはずなのに、気づいたら借金を背負わされていて、返せるはずもないとすごく動揺してしまいました。そのときに、ケースワーカーさんから「貯金はありますか」と聞かれ、びっくりしてしまいました。貯金は特別な方を除いて認められていないので。

 私は精神障害者手帳2級を持っているけれども、障害年金を申請してなかったので、まず申請の手続きを進めてくださいということを言われました。主治医に相談し、年金事務所にも行った結果、自分は障害年金の受給権がないということが分かりました。昔、年金保険料が未納になっていた時期があって、それが初診日のあたりの直近1年間だったので、障害年金の受給権がないということでした。ケースワーカーさんに話をしたら、「正確なことを調べたいのでもう1回、年金事務所に問い合わせをしてほしい」ということと、初診日についても正確を期したいので調べるということを言われました。そうしていろいろ調べたところ、最終的には、私が障害者手帳を認定してもらったときの初診日と、秋田市が独自の書式で把握していた初診日が異なっていて、私は障害年金の受給権がないと分かりました。

 本当に運良くというか、きちっと調べがそこまで行き着いたおかげで、障害年金の受給権が私にはないということが認められて、障害者加算が復活することになったんです。これまで削られていた5カ月分が振り込まれて、物事としては何とか、収まったんですけれど、やっぱり自分はその間、ずっと不安だったし、過大支給していたという28万円を返さなければいけないということも、不安でした。 その返還の額も、Aさんは「月1000円から」と言われたようですが「私は月3000円からでないと受けられない」と言われました。

 この先また「やっぱり不備があったから返してください」と言われたりするんじゃないかとか、そういう不安がつきまといます。それから、この不公平な仕組みも問題だと思っています。精神障害者手帳でちゃんと医師の診断もあって手帳の等級を皆さん認められているのに、それだけでは障害者加算を受け取ることができず、障害年金の受給権の有る無しで差がつく。例えば私のように「保険料未納の時期があったから、障害加算を受けられる」というような、ある意味、変なことになってしまっている。他の当事者の方たちのことは知るすべもないけれど、他の方々も今、どれほど苦しんでるかと思うと、とてももう、自分も平安ではいられない。本当に苦しい気持ちで今もいます。

タイトルとURLをコピーしました