秋田県秋田市(穂積志市長)が生活保護の障害者加算を28年にわたって誤支給し、対象世帯に過支給分を返すよう求めている問題は、行政のミスで生じた負担を何ら責任のない当事者に負わせるものだ。一方、秋田市だけでなく盛岡市などでも同様のミスが生じており「そもそも国の通知がおかしい」という声がある。全国公的扶助研究会会長で花園大学社会福祉学部教授(公的扶助論)の吉永純(あつし)さんは「加算は心身の状態に応じたニーズ(需要)によって出すべきであり、手帳だけで加算できるようにすべきだ」と語る。改めて問題点を聞いた。(敬称略)
【これまでの経緯】秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の2級以上をもつ世帯に障害者加算を過大に支給していた。5月に会計検査院の指摘で発覚。1995年に厚労省(当時は厚生省)から出された課長通知を見落としていたことが原因だった。市が11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円。秋田市は過去5年分の過大支給を、当事者世帯に返すよう求めている。返還を求められる額は、最も多い世帯で約149万円。
―秋田市は、あくまで当事者世帯に返還を求めています。
吉永 本件は単なる生活保護世帯への保護費の払い過ぎではありません。本件の生活保護世帯の方たちは精神障害者手帳を持っている方であって障害者ゆえの生活の需要が必要な方です。したがって手帳を理由に加算が支給されていると考え、生活費として使うのはむしろ当然です。加算は「余分な生活費」ではなく、加算があって初めて健常者と同じ生活水準になる不可欠の費用です。ですから使って当たり前のものです。「返すお金」がないのです。
また、もし返そうとしたら「最低限の生活費」から削って返還金を捻出せざるを得なくなります。役所のミスから発生しているのに、最低生活を守るべき役所がそれを守らずに利用者さんから返してもらうということは、誰がどう考えてもおかしな話です。知事の裁決でも、同じような事案で請求を取り消している例が複数あります(保護利用者の最低生活及び自立にもたらす影響等を考慮すべきとして返還請求を取消した大阪府知事の平成29年12月22日裁決など)。秋田市も当事者世帯に対して「分割でもよい」というようなことを伝えているようですが、分割でも最低生活を削る点では同じです。
―取材する立場からは「返還は当事者の生活を苦しめるものでやめてほしい」と考えています。ただ、気になるのが、秋田市と同じミスが全国で起きていることで。そもそも、厚生労働省の制度設計がおかしいのではないかという声もSNSなどで目にします。
吉永 秋田市が支給を間違ったことは、確かに市の「不勉強」が原因なのですけど、間違っても当然の仕組みなんです。まず「精神障害者手帳」というのは「身体障害者手帳」と比べたら全然扱いが違います。本来、年金と手帳の等級は一致するはずであり、もし何らかの事情で食い違いがあった場合には、身体障害者手帳と同じように精神障害者手帳で判断すべきところ、厚労省の課長通知上そうはなっておらず「年金の判定が手帳に優先する」という扱いとなっています。
―身体障害のかたの場合は手帳の等級だけで加算ができる。でも精神障害のかたの場合は手帳の等級だけで加算できない、ということですよね。
吉永 そうです。加算というのは、あくまで「心身の状態」に応じたニーズ(需要)によって出すべきで、身体障害の場合はこの趣旨が貫かれています。しかし精神障害の場合には、年金が手帳に優先する。これは、精神障害者への差別と言わざるを得ません。精神障害の場合、年金と手帳との判定基準は同じことが書かれているのに、等級が違うケースがあったりするところに根本的な問題があります。だから身体障害者と同様に「手帳の等級で加算を出していい」と秋田市のケースワーカーが考えたのは、ある意味、当然なわけです。
―秋田市は長年ミスをしていました。でも、矛盾したことを言うようですが、これまで「過払い」してきた加算は当事者の生活にとっては、必要不可欠なものでした。物価もどんどん上がっているのに生活保護費は変わらず、ただでさえ苦しかったところに、加算分の「削除」と、過去の加算分の「返還」が降ってわきました。
吉永 精神障害者のかたへの加算の仕組みがおかしい上に、年金の等級優先などややこしい運用になっているのでミスが多発する。そのミスにつけこんで会計検査院がお金を返せと言ってくるーそういう構図なんです。会計検査院は厚労省の課長通知に基づき誤りを指摘しているんだというふうに言っているようですけれども、実はそういうことではなくて、年金優先の通知の問題が大きいと思います。年金であれ、手帳であれ、身体障害者と同じく、手帳だけで加算を支給するのが本来のあり方です。したがって「障害年金の等級が精神手帳の等級に優先する」としている厚労省の課長通知が撤廃、訂正されなければなりません。「需要に基づいて支給されるべき加算の基本的な趣旨」と「複雑な歪んだ運用を役所が間違えた」という二つの点から考えても、加算をもらった当事者に「返せ」というのはおかしいでしょう。