秋田市が生活保護費の障害者加算を長年過大に支給し、精神障害のある生活保護利用者117世帯(120人)が障害者加算を取り消されたうえ過去5年間に受け取った障害者加算の返還を市から求められている問題で、当事者の一人であるAさんが実は誤って加算を取り消されていた―という事例をこちらの記事に書きました。
原因は、秋田市がAさんの「初診日(障害の原因となった病気やけがに関連した症状で、最初に医師の診療を受けた日)」を誤って把握していたことにありました。
最低生活を保障する行政機関がなぜ、このようなミスをしてしまったのか。
原因究明と対策を秋田市に求めてきた民間団体「秋田生活と健康を守る会」は5月27日、市役所で会見を開き、今回の問題について「秋田市が国の行政通知にある本来の方法で初診日を確認しなかったことが、Aさんの障害者加算を止めるという誤りにつながった」と指摘しました。
また、市側がAさんの障害者加算を止めていたことを「間違いではなかった」と主張していることについて「秋田市長は『寄り添った対応をしてまいります』と言っていますが、まったく寄り添っていない」と批判しました。
【これまでの経緯】 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。主な原因は、厚生省が1995年に出した「課長通知」を秋田市が見落とし、障害者手帳の等級(1、2級)をもとに障害者加算をつけていたことだった。2023年5月に会計検査院の指摘でミスが発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた世帯に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に過去5年分を返すよう求めている
国の通知と異なる方法で「初診日」を確認
Aさんは、秋田市で発覚した障害者加算の「過大支給」に該当するとして加算を止められ、さらに過去の分の返還を求められた120人の当事者の一人でした。Aさんが加算を止められたのは2023年12月。しかし翌24年2月、本来は障害者加算を受けられる人だと判明しました。
この日、守る会が会見で示した行政通知(「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第7-問65)はこちらです。
この行政通知は、初診日の確認について「(精神障害者保健福祉)手帳を発行した際の医師の診断書」を基にするよう明記しています。(診断書は都道府県が保管しています)
しかし秋田市は、Aさんの初診日について正式な診断書を確認せず、秋田市独自の文書(「生活保護受給者に関する医療扶助実態調査について」)で確認していました。
これが間違いのもとになりました。
行き違いを生む「初診日」の尋ね方
正式な診断書と、秋田市独自の文書。それぞれどう違うのかを見比べると「初診日」の説明部分に違いがあることが分かります。
まず正式な診断書は「2つの初診日(初診年月日)」を記す様式になっています。そしてそれぞれに「主たる精神障害の初診年月日」「診断書作成医療機関の初診年月日」と説明があります。「ここに書いてほしい初診日はどういうものか」を説明したうえで、日付を書かせる様式になっています。
ちなみに、今回の問題における「正しい初診日」は上の「主たる精神障害の初診年月日」となります。
一方、秋田市独自の文書では「初診日について」とあるだけで、正式な診断書にあるような説明は見当たりません。
正式な診断書を書いたのも、秋田市独自の文書を書いたもの、同じ医師です。
しかし医師は、秋田市独自の文書の方には、本来の初診日ではなく「自分の病院でのAさんの初診日」を記しています。秋田市はこの日付を「初診日」として扱ったため、結果的にAさんは障害者加算を誤って止められました。
守る会の後藤会長は「秋田市の文書のような聞き方だと、医師は『医療機関の初診日』だと誤解してしまうことが起こり得ます。それを示す事例」と話します。
今回の初診日ミスについて秋田市保護課は「(秋田市独自の文書に初診日を記入したのも、正式な診断書に初診日を記入したのも)同一の医師だったため、2つのものに異なる月日が記されているとは考えなかった」と説明します。
しかし、診断書の書式にあるように初診日には2通りの解釈があります(「主たる精神障害の初診年月日」と「診断書作成医療機関の初診年月日」)。行政側がきちんと「どちらの初診日か」を説明しないと、今回のような行き違いが起こってしまう、ということではないでしょうか。
地元紙の報道(5月28日付の秋田魁新報)によると、今回の問題について秋田県は4月22日、秋田市に対して確認が不足しているとして、指導したとのことです。
5カ月止められ続けた障害者加算
今回、Aさんの障害者加算が復活するまでには、予想以上に時間がかかりました。
秋田市保護課は2024年2月20日の時点で、市の独自文書にあるAさんの初診日が、本来の初診日とは違う可能性が高いことを把握していました。しかしその日からAさんの障害者加算が復活するまでに、約1カ月半かかっています。Aさんはトータルで5カ月、本来の生活費を約2割削られたままだったのです。
さらに4月19日には、保護課長が「(Aさんの加算を止めたことは)間違いではなく、新たな初診日が発見された」のだと発言しました。Aさんへのおわびの言葉は、福祉事務所長からも秋田市長からも、いまだありません。「謝罪の考えはない」という市側の回答も、守る会には寄せられています。
障害者加算があって初めて「最低生活」
「障害者加算」の「加算」という言葉からは「プラスアルファ」のような印象を受けます。しかし実態は異なります。
障害者加算は「より高い生活水準を保障しようというものではなく、加算によって初めて加算がない人と同水準な生活が保障されるもの」と専門家は説明します。障害者加算がつくことで初めて、障害によって生じている「凹み」がならされる。当事者にとって、加算は最低生活を維持するために必要不可欠なお金です。
Aさんの障害者加算は月1万6620円。生活費(家賃補助を除く)の2割弱を占める額でした。
後藤会長は言います。「最低生活を保障するべき福祉事務所が、結果的に5カ月間も最低生活を削ってきた。これは大変なことです。それ以前にAさんは『数十万円の返還額もある』と伝えられ、何重にもショックを受けた。生きていていいのか、ということまで思わせるような対応を秋田市はしてきています。しかも、間違ってはいない、謝罪の必要はない、という回答です。メンツを考えているのかもしれませんが、メンツの問題ではない。昨年10月に秋田市長は『当事者に寄り添った対応してまいります』と言っていますが、あまりにも寄り添わない対応です」
診断書で確認していない事例は3件
守る会によると、今回の問題の当事者120人のうち、秋田市がAさんの事例と同様に市独自の文書で「初診日」を確認していたケースは、もう1件あるそうです。また正式な診断書以外で初診日を確認しているケースは、3件あるとのことです。