
月8万円強の生活費が突然、2割減らされる。追い打ちをかけるように、身に覚えのない「借金」を背負わされる――。2023年11月、秋田市で生活保護費の「障害者加算」(障害があることで生じる生活の困難を補うため、生活扶助費に加えて支給されるお金。月に約1万6000円〜2万4000円)の返還問題が表面化してから1年5カ月となる3月30日、秋田市長選挙が告示されました。
立候補を届け出たのは新人の沼谷純さんと、現職の穂積志(もとむ)さんです。これまで報じてきた「障害者加算」返還問題について、立候補を表明していた沼谷さんと穂積さんに公開質問を行ったところ、回答が寄せられました。
2氏の回答を紹介する前に、この問題をあらためて振り返ります。
行政のミスで背負わされた「借金」
この問題で身に覚えのない「借金」を背負うことになったのは、精神障害があり、生活保護を利用している秋田市民です。その数、117世帯(120人)。「借金」の返済先は、自分たちの生活を保護するはずの秋田市行政でした。

「借金」が生じた理由は、秋田市による「支給ミス」です。ミスは、障害者加算の支給について書かれた行政通知を市が28年間見落とし、支給方法を誤ったことにより発生。2023年5月、市は会計検査院の指摘によってそのことを知りました。

28年間に払い過ぎてしまった障害者加算のうち、過去5年分を返してほしい――秋田市は2023年8月ごろから、当事者に水面下で「借金」の返済について説明を始めていました。市がその根拠にしたのは生活保護法63条(費用返還義務)です。

私が取材した当事者は、ケースワーカーから100万円近い「借金」を示され、「市のミスですが返してもらわなければなりません」などと説明を受けていました。
この問題が報道などで明るみになり、秋田市が議会に報告したのは2023年11月。当事者が正式な謝罪もなく生活費を削られ、いきなり「借金」があると伝えられてから、およそ3カ月が過ぎていました。
当事者が「返還」の取り消し求める
ところで、障害者加算とは「より高い生活水準を保障するもの」ではなく、「加算によって初めて、加算がない人と同水準の生活が保障される」という性質のものです。花園大学の吉永純教授(公的扶助論)は『賃金と社会保障 2025年3月上旬号』のなかで「障害者加算が必要であるにもかかわらず加算を計上しない状態は、最低生活費を下回った生活水準を強いることを意味する」と表現しています。
物価高で暮らしは厳しくなる一方です。そんな中、生活費を2割減らされたうえ、その最低生活費の中から過去5年分の「借金」を返すよう迫られた当事者たち。取材を通して届くのは「自分は生きていていいのだろうか」「何か悪いことをしたのだろうか」という苦しみの声ばかりでした。
秋田市は問題発覚後、市民団体や議会の追及を受けて当事者の「借金」をできる限り軽減する作業を進め、2024年8月の時点で33人は「借金」がゼロになりました。
しかし、77人は総額約3100万円の「借金」を背負うことになりました。

「借金」を背負わされた当事者のうち3世帯が今、秋田市による「返還決定」の取り消しを求めて秋田県に審査請求を行っています。
ちなみに、同じような問題は秋田市以外の自治体でも起きています。このうち岩手県は2024年2月、自治体が当事者に負わせた「借金」を取り消す処分を3件出しています。

「障害者手帳のみで加算を」
さらにこの問題には、単なる「秋田市のミス」では片付けられない構造的なひずみが隠れていました。それは、精神障害への差別ともいえる障害者加算の仕組みです。
障害者加算は「身体障害」と「精神障害」とで認定の仕組みが異なっており、身体障害の場合は「障害者手帳」の等級が1~3級であれば加算が認定されますが、精神障害は手帳だけでは認定されず、年金を絡ませた仕組みをクリアしなければなりません。
このような複雑な仕組みのせいで、秋田市と同様のミスが全国の自治体で多発しており、会計検査院によるとその数は2021年が46件、2022年度は49件となっています。
このため、秋田県をはじめとする地方自治体が「精神障害についても、障害者手帳の等級だけで障害者加算を認定できる制度にしてほしい」と国に要望していますが、国は「見直しは適当ではない」と回答しています。


以上、この1年半の流れを振り返ったうえで、現職の穂積さん、新人の沼谷さんの回答を見ていただきたいと思います。
候補者への公開質問と回答
1 秋田県、秋田市を含む多くの自治体が「精神障害のある生活保護利用者に対して、障害者手帳の等級だけで障害者加算を支給できるようにすべき」と国に要望していますが、どのように考えますか。(①~③から選択し、理由もお聞かせください)
➀障害者手帳だけで加算の支給を決めるようにすべき
②今のままでよい
③わからない
【沼谷純さん】
回答:① 障害者手帳だけで加算の支給を決めるようにすべき
理由:市民の皆さまや市民サービスを提供する自治体の実情や実務にそぐわない仕組みは見直されるべき
【穂積志さん】
回答:① 障害者手帳だけで加算の支給を決めるようにすべき
理由:精神障害のある生活保護受給者の障害者加算の認定について、障害の程度の要素ではない年金裁定請求権により認定資料を変える複雑な運用とせず、精神障害者保健福祉手帳だけで障害の程度の判定を行うことが可能となるよう、引き続き、国へ働きかけていくべきものと考えます。
2 2023年に明らかになった「障害者加算」過大支給について、秋田市は生活保護利用者にまったく責任がないとし、返還額を減額(控除)はしたものの、あくまで利用者からの返還を求めております(2024年8月時点で77人、約3100万円)。利用者は、正しいはずの保護費が間違って多く支給されたと突然言われて驚くとともに、障害者加算分の保護費が減額された上に、最低の生活費の中から「払い過ぎ」の保護費の返還を求められ、苦境に陥っています。このような返還を求めることについて、どう考えますか。(①~③から選択し、理由もお聞かせください)
➀返還を求めるべきではない
②返還を求めるべきである
③わからない
【沼谷純さん】
回答:① 返還を求めるべきではない
理由:利用者に瑕疵がなく、不利益不遡及という大原則に照らしても、過去に遡って返還を求めることは問題がある
【穂積志さん】
回答:② 返還を求めるべきである
理由:生活保護受給者は、個別の事情を抱えながら、支給される最低生活費のなかで自立に向けて生活されているものと認識しておりますが、生活保護の制度上、実施機関の瑕疵による過支給が生じた場合であっても生活保護受給者に返還を求めることと定められていることから、生活保護法第63条の規定に基づく費用返還をやむを得ず求めていくことになります。返還額の決定に当たっては、各世帯における生活状況を十分に考慮し、世帯の自立更生に資する費用を控除するとともに、返還方法についても世帯の状況に応じた分割による納付などを配慮するなど寄り添った対応をする必要があると考えます。
3 物価が高騰しており、今回の「障害者加算」過大支給の被害を受けた生活保護世帯からも「暮らしが非常に厳しい」という声を聞きます。生活保護世帯に対して、物価高騰について何らかの救済措置をとるお考えはありますでしょうか。
【沼谷純さん】
回答:自分自身が生活保護世帯で育ってきており、昨今、生活保護世帯に対して厳しい世間の風潮があることも承知しているが、自助を前提としても真にやむを得ない事情などにより生活保護という社会保障が必要な世帯が存在する。そうした世帯に対しては物価高騰という背景に限らず、生活実態と制度設計の隙間も含め、必要な支援を行っていくべきと考える。
【穂積志さん】
回答:生活保護制度においては、コロナ禍や物価上昇等の足下の社会情勢等を総合的に勘案し、令和5年度および令和6年度の臨時的・特例的な対応として、令和5年10 月から世帯人員一人当たり月額1,000 円が加算されております。加えて、本市では生活保護受給世帯を含む低所得世帯について、令和3年度以降、物価高騰等の支援策として給付金の給付を行っているほか、独自に燃料費等を助成しており、引き続き、社会情勢を踏まえて適時適切に対応してまいります。
これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めてきた。秋田市はその後、当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち33人が返還額0円(返還無し)になった。残る7割、約80世帯は返還を求められている(2024年8月末時点)。返還額は世帯によって異なり、最も多い世帯で約98万円に上る。
【参考資料】
・「賃金と社会保障 2025年3月上旬号 特集◎精神障碍者と生活保護の障害者加算」
・会計検査院の令和4年度決算検査報告書
・内閣府「地方分権改革に関する提案募集」https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/2024/teianbosyu_fushokaitou2.html