「自分は生きていていいのか」
秋田で記者をしてきて、この言葉をこれほど何度も聞いたことはありません。この1年、出会う人、出会う人が「自分は生きていていいのか」「自分さえいなければ」と言うのです。その誰もが、精神障害があり、生活保護を利用していて、秋田市で起きたある問題の当事者です。
この日もまた、自分は生きていていいのか、と問う人に出会いました。
秋田市が長年、精神障害のある生活保護世帯に「障害者加算」を誤って支給し、約120人が障害者加算分の保護費を減らされたうえに過去の分の返還(返済)を市から求められている問題で、2人の当事者が10月15日、秋田市による「返還決定」の取り消しを求めて秋田県に審査請求を行いました。
救済とは真逆の異常な状況
審査請求を行ったのは、60代のAさんと50代のBさん。いずれも精神障害者保健福祉手帳2級をもっています。この問題が発覚して1年になる9月末、民間の支援団体「秋田生活と健康を守る会」につながりました。
「去年の暮れから、あまり物が食べられなくなりました。1日1食しか食べないようにしているんですけれども、それでも、買い物に行っても物が高くて、買うことができない」(Aさん)
物価高騰への救済策を求める声が社会全体から上がる中で、生活保護世帯、中でもこの問題の当事者は「行政に生活費を削られて借金まで背負わされる」という、救済とは真逆の異常な状況に置かれています。
「地獄に突き落とされたと感じた」
毎月1万6620円の障害者加算を打ち切る――Aさんが秋田市からそう知らされたのは、昨年11月のことでした。翌12月から、生活費(家賃を除く)はおよそ2割減り、約7万4000円になりました。
追い打ちをかけたのが「返還金」という名の借金です。過去5年間に受け取った毎月の障害者加算を返さなければならず、その額は86万3620円に上ると知りました。「地獄に突き落とされたように感じました」
その後、秋田市による控除(生活に欠かせない物品の購入費を「自立更生費」として返還額から差し引く作業)が進み、Aさんに示された返済額は、35万1767円になりました。
通知が届いたのは、今年7月。初めて返還のことを知らされた日から、8カ月がたっていました。この間、Aさんの体重は激減し、体調はどんどん崩れていきました。
月々2000円の「分割納付計画書」
秋田市からは「分割納付計画書」も送られてきました。約35万円を、月々2000円の分割で支払い続ける計画が記されていました。
月々2000円、単純に計算すると、返済には14年ほどかかることになります。
この間、2割ほど減った生活費をさらに削って月々2000円を市に返済しながら、物価高騰をしのぎ、果たしてAさんは「健康で文化的な最低限度の生活」を送れるのでしょうか?
返済についてAさんは、秋田市のケースワーカーからこのようなことを言われたといいます。
「冬季加算があるから、大丈夫ですよね」
冬季加算とは、10月から翌年4月までの7カ月間、冬場の暖房費や灯油代として支給されるものです(秋田市の場合は月1万2780円)。障害者加算や冬季加算の「加算」という言葉は、決してプラスアルファを意味しません。その金額を加えることによって、ようやく「最低限度の暮らし」を営むことができる、そういう必要不可欠なお金です。冬が長く、冷え込みの厳しい雪国においては特に、命にかかわるお金といっても過言ではありません。
「助けてあげられなくてごめん」
Aさんには娘がいます。その暮らしは、決して楽なものではないといいます。「娘も今回のことにショックを受けていて、ごめんね、お母さん助けてあげられなくてごめんねと言うんです。娘が悪いわけではないのに、娘にも迷惑をかけてしまった」
9月、Aさんは秋田市に1回目の2000円を返還しました。次の保護費支給日まで1週間ありましたが、Aさんの手元には、1000円しか残りませんでした。
食事は日に1食。電気代を節約するためほとんど照明は使っておらず、夕方には布団に入ります。光熱水費を抑えたいので浴槽にはつかることがなく、数日に一度のシャワーで済ませています。
Aさんは42歳のとき小脳梗塞で倒れてから、生活保護制度を利用するようになりました。この問題の当事者になった昨年以降、ずっと考えてきたことを、次のように語りました。
「人に迷惑ばっかりかけていて、生きていていいのかなあと思いました。私、何か悪いことをしたかなあ、何かしたのかなあ、と思って。自分が、人間と思われていないみたいで…」。話している間、Aさんはずっと泣いていました。
「もう一度働きたいと思ってきた」
50代のBさんは昨年8月、毎月の障害者加算を止められること、過去の分の返済もあることを、秋田市から告げられました。
当初、秋田市から示された返還額は約75万円。市はこの額から差し引く作業を進め、まる1年がたった今年8月、通知が届きました。最終的な返済の額は、約52万円。月々2000円を返していくとして、21年かかる計算になります。
障害者加算が減った分を補い、さらに返済もしていくため、Bさんは週3回の午後のみだったB型就労支援施設での仕事を、主治医に相談して週5回のフルタイムに変更しました。しかし心身に負荷がかかり、仕事をしていると苦しくなって、体が震えてきます。そうして頑張っても、月収は障害者加算1万6620円の額に届きません。
Bさんは数年前まで民間企業に勤めていました。しかし精神障害の症状が重くなって働き続けることができなくなり、生活保護制度を利用しました。
「失礼なことですが、私は、生活保護を恥ずかしいと思っていました。もう一度働きたいと思ってきました。でも努力して頑張っても、今の自分にはできない。生活保護制度がなければ生きていけないんです。生活保護があるから、安心して暮らすことができる。本当に最後の砦(とりで)です」
「返さなければ、生活保護が止まるんじゃないか」
AさんとBさんは9月、それぞれ1回、2000円を秋田市に返済しています。物価高騰が続く中、月7、8万円ほどの生活費(家賃をのぞく)の中から2000円をねん出し、支払うのはたいへんなことです。それでもなぜ、返済しようと思ったのか。Bさんは、次のように答えました。
「返すのを渋ると、生活保護を止められるんじゃないかと思いました。相手は市なので、1対1で勝てるわけがないから、返さなきゃいけないと。それともう一つは、やっぱり、皆さんの税金で暮らしているので、それを思うと、返していかなきゃいけないんじゃないか、という思いもありました」
「自分たちだけではない」
行政に対する「怖い」という思いもある中で、審査請求(不服申し立て)をしようと決めた理由について、Bさんは「私だけではないと思ったから」と語りました。
「私やAさんのような人は、たくさんいると思うんです、表に出ていないだけで。ただやっぱり、相手が市ですから、大きい相手ですから、対抗するのは本当に、怖いと思うんです、みんな。民間の支援団体(秋田生活と健康を守る会)があることも知らないし、もしかすると支援団体に行くこと自体、勇気が要る。そういう人たちがいると考えたら、私たちがちょっと勇気を出して『こういうふうにやっている人もいるから、一緒にやりましょう』と、何も暗いばかりじゃないから、一人で悩むんじゃなくて一緒に話し合いましょうと、伝えたかった」
これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めている。
〈参考資料〉
・総務省統計局サイト 2020年基準 消費者物価指数 全国 2024年(令和6年)8月分(2024年9月20日公表)https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.html