生理といえば思い出すのは、体育の時間です。私の中学時代(1990年前後)、女子の体操着はブルマーでした。ブルマーになるたび、下着がはみ出していないか気が気ではなく、周囲の視線が気になりました。私の周りの女子はみんな、体形や肌があらわになるブルマーをとても嫌がっていました。ブルマーでいることの緊張が最も高まるのが生理の時でした。ブルマーから血が漏れ出していないか、ナプキンがはみ出していないか、冷や冷やしていました。男子の体育着がハーフパンツなのが、本当にうらやましかったです。
このような不安を、大人に話したことはありませんでした。生理もブルマーも「個人的なこと」であり、自力で乗り越えなければならないものだと中学生の私は思い込んでいたのです。あれから三十数年が過ぎ、ブルマーはいつの間にか学校から消えていました。しかし生理や性について語ることはいまだ学校の中でも外でも、タブー視されています。
10月上旬、秋田の高校生と大学生が性について語り合う講座が秋田市でありました。生理のこと、一人一人が生まれながらにもつ「性の人権」のこと――若い世代が語った言葉は、政治のテーマそのものでした。詳報します。
安心して対話できる空間
講座はリプロダクティブヘルスをテーマに活動している国際教養大学の学生団体「リプロプロ」と秋田県中央男女共同参画センターが協力して開きました。高校生3人と大学生3人による約1時間のzoom対談を視聴してから、参加者がグループトークする―という流れでしたが、高校生と大学生の対談は事前に収録したもの。そして学生たちは動物のアバターなどになって登場しました。
語り手を守り、安心して話せる場をつくろうという主催者の思いを感じながら取材しました。
誰もがもつ、自分を守るための「境界線」
皆さんは「バウンダリー(boundary=境界線)」という言葉を知っていますか? 私は恥ずかしながら、この日初めて知りました。バウンダリーというのは「個人の安心や安全を守るために、個人の体や心、行動の周囲に引かれている目に見えない線」のこと。「他者との距離感」に近いかもしれません。
「バウンダリー」とよく似た概念として「プライベートゾーン」があります。こちらは「性に関わる体の大切な場所」のこと。一般的には水着で隠れる部分のことを呼びます。
「相手が男性ならやってもいい」という意識
「皆さんは実際に『自分のバウンダリーを侵害された』と思うような経験や、逆に自分が侵害してしまったという経験は、ありますか?」。大学生のAさんが問いかけました。しばらく沈黙が流れたのち、高校生のCさんが手を挙げました。
「私は男なんですけれど、男でも、胸を触られたら嫌という感情は当然、ある人もいます。でも相手が男だったらそういうことをやってもいい、みたいな雰囲気が流れていることが、高校ではよくあります」
大学生のBさんも似通った経験について語りました。「私は女性なんですけど、同性同士なら触っていいだろうという認識が高校時代、あったように思います。自分は触られたときに『嫌だな、バウンダリーを引きたいな』と思ったけれど、なかなか言えずに容認してしまった。それで嫌な思いをしたこともありました」
一人一人違うから、伝える必要がある
境界線(バウンダリー)は一人一人異なります。向き合う相手によっても変わりますし、自分の体調や気持ちによって変化することもあり得ます。バウンダリーを決めるのは自分自身。目に見えないからこそ、他者と伝え合う必要がある。それは分かっているけれど、伝えること自体に難しさがある―という声もありました。
高校生Dさんの言葉です。「触られて嫌なとき、どうやって相手に伝えるのかがすごく難しいと思っています。伝え方によって、相手を不快にさせてしまうかもしれないという思いがあって、難しくて伝えられなかったという経験を、今までたくさんしてきました」
「嫌だ」と感じる側から声を上げることは、想像以上に難しいものです。そこに力関係があればなおさらですし、親しいからこそ言えない、ということもあります。
Dさんたち高校生からは「学校で、バウンダリーについて学べるグループワークみたいなものがあれば」と望む声が出ていました。「グループワークを通して伝え合えば、仲がいいからこそ逆に言えない、みたいな状況がなくなるんじゃないかと思います」(Dさん)
心強く感じた「ジェンダーレス水着」
学生たちの話を聞きながら、私はあるニュースを思い出しました。スポーツ用品を製造販売する民間企業が今春、セクシュアリティにかかわらず着られる「男女共用セパレーツ水着」を商品化したというニュースです。
プライベートゾーンは「水着で隠れる場所」といわれています。男性のプライベートゾーンを説明する資料には、よく海水パンツをはいた男の子のイラストが描かれています。けれど男性の胸部がプライベートゾーンに含まれていないことに、私は違和感がありました。
高校生のCさんが「男子だから胸を触られてもいい、という考えはおかしい」と言っていたように、バウンダリーも、されたら嫌なことも、一人一人異なります。また性別違和を抱えながら、割り当てられた「男子」として学校生活を送っている子どももいます。このような現実——可視化されにくい現実——を考えたとき、子どもたちの選択肢の一つとしてジェンダーレス水着が登場したことに、私は心強さを感じました。
学校という場所は、大勢の目にさらされやすい空間でもあります。高校生のDさんが言っていたように「なかなか嫌だと伝えられない」立場にある人が苦しまないよう、バウンダリーについてみんなで学び合える場がもっと必要だと感じました。
同意のない性行為は犯罪
次のテーマは「性的同意」です。
性的同意とは「すべての性的な行為に対して、お互いがその行為を積極的にしたいと望んでいるかを確認する」ということです。
日本では2023年、刑法が大きく変わり、同意のない性的行為は婚姻関係の有無にかかわらず、処罰の対象になりました。(刑法第177条)
罪名はそれまでの「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」に変わり、「同意のない性交は罰せられる」ことを明示しています。(またこちらの書籍には法改正までの道のりが詳しく記されており、おすすめです)
大学生のBさんがみんなに尋ねました。「性的同意について学校で習ったことはありますか?」。するとほとんどの高校生、大学生が「習っていない」「教わった経験がない」と答えました。
学校で性的同意を習わないという現実
一人だけ、性的同意について学校で習ったという高校生Dさんは「教科書に沿って先生が教えてくれたけれど、話を広げるということはなく、ちょっと日常の注意すべきことを話したという感じでした」と振り返りました。そのとき先生からは「日常の会話によって、性的同意を侵害される可能性がある」と教わったといいます。
「例えば、女性がピルをのんでいると話したら、男性は『ピルをのんでいるんだから避妊しなくてもいいだろう』と思って、性的同意をとらずに性行為をしてくる可能性がある、と。日頃の行動によって性的同意を侵害される可能性があると聞いて驚いたし、気をつけなきゃいけないなと思いました」(Dさん)
Dさんの経験を聞いて、大学生のAさんが言いました。「日ごろの言動によって性的同意をしていないのに『同意している』と思われてしまうということ自体、性的同意についての教育が行き渡っていない証拠なのかなと思います」。私も、同じように感じました。
被害者を責める発想をやめよう
最近、DV被害当事者への支援を学ぶ講座に参加しました。そこで、受講者の一人からこんな言葉が飛び出しました。「男性の家に女性が一人で行ったら、危ないに決まっている。(性暴力に遭った)被害者の行動が甘い」
またか、と思ってしまいました。「そんな恰好をしていたら性暴力に遭っても仕方がない」「すきを見せたあなたが悪い」——このような言葉にふれるたびに思います。なぜ私たちの社会は、こうも被害当事者に厳しく、加害する側に甘いのでしょうか。
もしかしたらそれは、家庭や学校における何げない言動によって、大人から子どもへと植え付けられてきたものなのではないか。若い世代の話を聞きながら、そう感じました。
大学生Bさんの言葉です。「私が高校で性教育を学んだときは、被害者とか、被害を受けるかもしれない側に『プライベートゾーンを意識しなさい』と教えていたような気がします。でも被害者を責めるような発想ではなくて(何が加害になるのかという意識で)性的同意やプライベートゾーンについて教えられたらいいのかなと思います」
Bさんが言うように「性被害に遭わないため」の教育ではなく「何が加害なのか」を学ぶ教育、「加害をしないため」の教育が大切ではないか。性暴力に甘い日本社会を変えていくスタートラインは、ここにあるのではと思いました。
生理について学ぶのは女性ばかり
次のテーマは「生理」です。このテーマは、高校生の側から「ディスカッションしたい」というリクエストがあって決まったそうです。
最近の高校生や大学生は、学校でどのように生理を学んでいるのでしょうか。
ちなみに私が生理について最初に教わったのは小学6年生の時(1988年)です。女子だけ図書室に集められ、先生たちが室内に暗幕を引き、ものものしい雰囲気のなかで生理について教わったことを覚えています。先生から「きょう聞いたことを男子に話してはいけない」と言われた記憶もあります。大人たちはいったい、何を恐れていたのでしょう? 教室へ戻ると、何かを察した様子の男子から「女子は何をやってたんだ」と面白半分で聞かれました。
今の時代はさすがに事情が変わっただろう――と思っていましたが、若い世代の話から、そうでもないことが分かりました。
いまだに男女別々で生理を教わる
大学生Eさんが語ります。「生理についての教育が男女で分かれたときがあって、女子だけが集められて、生理について――例えばナプキンはどういうものを使うのかなど――教わったので、そこから男女の生理に対する認識みたいなものがずれてしまい、男女間での知識の差みたいなものが大きくなったのかなと、いま自分が受けた教育を思い返しながら考えています」
また高校生のDさんは「私がいた中学校では、生理について勉強するときは女性と男性が別の授業になっていて、女性が生理のことを教わっていたとき、男性は全然違う勉強をしていた」と話しました。
なぜ避難所で生理用品が不足するのか
私が生理について習った三十数年前と、教育現場の状況はさほど変わっていない。生理はいまだ「暗幕を引いた部屋」で女子だけに行われているのか?――と驚いていると、男子高校生のCさんがこんな問題提起をしました。
「私も男女で分かれて教育されたんですが、それには非常に違和感を持っています。例えば、被災地の避難所で生理用品が足りないということを耳にして思うのは、行政で何かを決める立場の人に圧倒的に男性が多いことや、男性が生理について理解していないことが、影響しているんじゃないかということです。自分の高校では男子も生理について結構詳しく学んだけれど、自分より上の世代も、認識を深めるべきだなと思います」。大切な視点だと思いました。
やはり男女別々で生理について教わったという高校生Dさんが、さらにこんな問題提起をしました。
「Cさんが言っていたように政治をする人に男性が多いという話に関係するんですけど、アメリカでは生理用品が課税の対象になっていて、それを何とかしようと動いた政治家がいて、いくつかの州で生理用品が非課税になったという話を聞いたことがあります。やっぱり政治をする人が何も知らない状態だと、市民が困るのかなと思いました」
高校生たちの話を聞きながら、大学生Aさんが能登半島地震の際に表面化したある問題に触れました。「能登半島地震でも、避難所で1日に1枚しか生理用品が配られなくて―実際は1日に何回もナプキンを替えなくてはならないんですけれども―それは男性が生理用品の配布を管理しているからだという情報を見かけました。男女で生理についての教育を分けているからこそ、このような問題が発生してしまうのだという現状が、皆さんの話から明らかになったのかなと思います」
もしもみんなで学んでいたなら
能登半島地震の発生から数日後、若年女性を支援している山形市のNPO法人がSNSで生理用品を募っているのを目にしました。被災した女性はどんなことに困っているのか、山形の団体は自分事として想像し、動いたのだと思います。
当事者が声を上げることで社会は変わってきました。しかし事前にみんなで学ぶ環境があったら、当事者が声を上げるまでもなく、避難所の生理用品は最初から行き渡っていたかもしれません。
生理をめぐる問題は、個人的なことではなく、教育の問題であり政治の問題である。若い世代の言葉から、そう実感しました。
生理用品をもってトイレに行くのが恥ずかしい
生理のタブー視によって、日常の中にも「居心地の悪さ」が生じていることも分かりました。
高校生Eさんの言葉です。「私は、トイレに生理用品を持っていくのを見られるのがちょっと恥ずかしいなと思っていました。最近、母の職場では生理用品を自由に使えるコーナーができたと聞いて。そういうものがあるとありがたいし、増えたらいいなと思います」
数年前、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに「生理の貧困」という言葉が知られるようになりました。
経済的な事情から生理用品の購入が困難な女性や女の子を支援しようというもので、県内の自治体でも、経済支援として生理用品を無料配布する動きが生まれました。
生理をめぐる困難には、さまざまなものがあります。例えば生理用品を定期的に買わなければならない経済的負担のみならず、精神的な不調、身体的な不調、PMS(月経前症候群)—などです。しかしこれらの困難は、いまだに軽く見られがちです。「ナプキンを持ってトイレにいくのが恥ずかしい」というEさんの声もそこに連なる悩みであり、決して個人的なことではありません。
高校生のDさんが言います。「私は生理に関するタブー視をなくしたいと思っていて、日頃、自分から生理について話すようにしています。女子だけじゃなく、男子にも。だけど私が生理について男子にしゃべったら、周りの女子が『話すの?』みたいな空気になりました。生理について知ってもらいたくて頑張って話している人を、変な人みたいに見る風潮が、好きではないです」
子どもたちが直面するこのような悩みや困難の背景には、男女別々の「秘めごとのような生理の教育」、ひいては性教育の在り方があるのはないでしょうか?
言葉を選ぶことは、大事で素敵
次のテーマは「LGBTQ+」。こちらも高校生たちが自らディスカッションしたいと選びました。しかし「学校では、習ったか習っていないか覚えていない」「さらっと流された程度だったと思う」という声が多く上がりました。「詳しい先生がいて、LGBTQ+当事者の悩みや社会が抱える問題について結構しっかり教えてもらった」(高校生Cさん)という声もあったので、先生との出会いも大きいようです。
セクシュアリティについて、ある高校生がこんな経験を語りました。「私は同性の子と付き合ったことがあるんですが、そのときに友達が『彼氏いる?』ではなくて『恋人いる?』と聞いてくれたことが、すごくうれしかったです」
私たちの社会は、女性が好きになるのは男性、男性が好きになるのは女性—という「異性愛規範」に縛られています。しかし現実は違います。同性を好きになる人もいますし、他者に恋愛感情を抱かない人もいます。
大学生のAさんは「『男』『女』ではなくてみんなが性のグラデーションの中に生きていて、一人一人違っている。それはすごく素敵なことだし『彼氏、彼女いる?』ではなくて『恋人いる?』というふうに言葉を選ぶことが、とても大事だと思う」と話しました。
「そのままでいい」と伝えてほしい
秋田県では2021年、LGBTQ+の当事者やアライによるデモ行進「秋田プライドマーチ」が始まりました。マーチのテーマは〈私たちはここにいる〉。古くからの規範や固定観念の根強い秋田という土地で、私たち性的マイノリティは目に見えにくいかもしれないけれど、確かに生きている――秋田プライドマーチのテーマには、そのような思いが込められています。
今年で3回目となった秋田プライドマーチを間近で見ていて感じるのは、ありのままに、安心して語れる場の大切さです。
高校生Dさんが言います。「秋田って本当に田舎で、昔からの固定概念とか考え方がすごく強くて、それを毎日実感しています。そういう固定概念に戸惑っていて、でもどうしたらいいかも分からずに困っている人が、秋田にはいっぱいいると思う。だから教育によって『別にその考え方に従わなくていいんだよ』ということを学べたら、とても気が楽になるんじゃないかと思います」
続いて大学生Bさんの言葉です。「秋田に住んでいると、少子化のこともあって『結婚するのか』『子どもは産まないのか』というような圧を身近な人から受けることもあるのではと思います。でもそれは個人の選択です。結婚や、これまで『当たり前』とされたことをしなくてもいいんだという選択肢を教育の段階で伝えられたら、人生の見え方が変わってくるのかなと思います」
若い世代の声に耳を澄ます
人口減少が進む秋田県で今、盛んに進められている施策があります。「若年女性の定着回帰」です。例えば秋田県の公式ホームページで「若年女性」と入力して検索すると、県によるさまざまな施策が表示されます。
県内自治体による「官製婚活」も盛んになってきました。行政が「結婚、妊娠、出産」をゴールに見据え、ファッションやメイク、身だしなみへのアドバイスから出会いの場までを、税金を投じて提供しているのです。これが意味することを、私たちは面倒くさがらずに、じっくり考えなければならないと思っています。
なぜ、若年女性に秋田にいてほしいのか―それは若年女性の「妊孕性(妊娠する力)」に期待しているからです。
なぜ、官製婚活に力を入れるのか—それは妊娠・出産に誘導して人口を保ちたいからです。
一方で、生理や性的同意をはじめとする「性の人権」に関する教育は、十分に行われているでしょうか? 高校生と大学生の肉声からは、決して十分ではないことが垣間見えます。そして、行政が力を入れている「若年女性の定着回帰」や「官製婚活」という施策が、「自分らしく生きたい」「個を尊重してほしい」という若い世代の願いとは、すれ違っていることも見えてきます。
まずは、安心してありのままに語れる場をつくりませんか。そして若い世代の声に、もっと耳を澄ませてみませんか。秋田は、そこからだと思っています。
【参考資料】
・「子ども情報ステーション by ぷるすあるは」サイトhttps://kidsinfost.net/disorder/coping/boundary
・株式会社「フットマーク」サイト業界初!ジェンダーレス対応のスクール水着 「男女共用セパレーツ水着」|フットマーク株式会社 (footmark.co.jp)
・NPO法人「ピルコン」サイトhttps://pilcon.org/help-line/consent
・刑法https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
・「エトセトラvol.11 特集 ジェンダーと刑法のささやかな七年」https://etcbooks.co.jp/news_magazine/etc-vol-11_hazimeni/
・FRONTROW〈アメリカのミシガン州が『タンポン税』を廃止、「ここまで長い時間がかかるとは」〉2021/11/08https://front-row.jp/_ct/17494330
・mbsnews〈生理用ナプキン「男性が1年に12枚あればと言っていた…」能登半島地震で女性医師が痛感した”理解不足” 昼・夜用など備蓄あったが…置かれていたのは1種類〉2024/8/22https://www.mbs.jp/news/feature/mamoru-cat1/article/2024/08/102749.shtml
・ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)サイトより「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000374167